05 誇張じゃなかった

『決闘の結果に文句は一切唱えぬこと、よいな?』

『もちろんだ』


 機械を通した婆と爺の声が聞こえる。できれば直接見に行きたいものだが、万が一存在を知られてしまってはややこしい。三十年前ならともかく、千年前となると服装などが違いすぎる。


 二人が身構えた。

 すると、死婆の集落の代表者達が一気に距離を取った。

 源がそちらを気にするそぶりを見せた時、『決闘、始め』の声がかかった。


 死婆が一歩を踏み出し源の懐を狙って拳を繰り出した。

 慌てて源は体を引きながら腕で腹をかばった。


 ドォン!


 実際はそんな音は鳴らないが、コミックとして描くと擬音はそれしかない、といわんばかりの勢いで死婆の拳が源の腕に当たった。


『ふん、これ一撃で決着がつくと思っておったが、なかなかやるな』


 死婆が、老婆にしては綺麗な歯列を見せて笑う。


『ただの婆ではないな。さすがは死婆などという渾名がつけられることはある』


 源もにやりと笑って返す。


 彼の集落の代表者達も身の危険を感じたのだろう、脱兎のごとく退却した。


 それからは互いの拳や蹴りがぶれて見えるほどの高速の攻防が始まった。


「これ、カメラの故障じゃないよね?」

「周りは普通の動きだから、あの二人の動きだけが異様なんだろう」


 親子が顔を見合わせて驚く中、死闘はまだまだ続く。


 死婆が渾身の一撃を放った。

 源はてのひらで死婆の拳を受け止める。

 そのまま源が反対の拳を振るい、死婆が受け止める。

 互いに押しあい、相手を転ばせようと力勝負となった。


「父さん、見て、二人の足元!」

「地面が、……沈んでる」


 親子の声に重なるように、かすかに地鳴りが聞こえた、気がした。

 源も死婆も元々深いしわをより深くし歯をむき出しにして力をこめるも、雌雄を決することはできない。


『ええぃ、仕切り直しじゃ』


 死婆は前に押し出していた力を上に向け、手を離した。

 急に力が抜かれたことで源はあわや転びそうになったが『ふん!』と気合いの声をあげて踏みとどまる。


「空が……」

「雲が、晴れた」


 上空を覆っていた薄雲が、まるで二人のエネルギー波を受けてそうなったかのように、ぽっかりと穴をあける。


 まだ余力がありそうな死婆に対し、源は軽く肩で息をしている。


『降参するなら今のうちじゃぞ』

『なんの、まだまだ』

『ならば本気を出すしかあるまい』


 それからはもう、まさにコミックかアニメか、はたまた特撮映像かCGかといわんばかりであった。

 死婆の突き、蹴りは衝撃波を生む勢いで繰り出され、地は裂け木々がなぎ倒された。源はなんとか相手の攻撃を逃れ、やり過ごし、機を見て反撃するも届かない。


『おぬし、もう少し加減せんか。山が破壊されるだろう』

『植樹をすれば問題なし!』

『木が育つのに何十年かかると思うておる!?』

『ワシの生気を注げば数年じゃ! 死と生は隣り合わせ。ワシの力は壊すばかりではない』

『だったらそれを自分の境界内でやればいいだろう』

『やりすぎるとワシの命が尽きるのじゃ』


 二人の戦いをタイムマシンから眺める親子はぽかんと口を開けている。


「違った意味でフィクションだったね」

「そうだな。まさか誇張じゃなくて控えめに書かれてたとは」


 父親は戦いの結末を「戦国境界線記」を読んで知っている。しかしそれももしかすると変えられているのではと疑いたくなるほどの熾烈な戦いだ。

 息子は純粋にどう決着がつくのか、楽しみにしている。


 二人がこっそりと見守る中、いよいよ死闘はクライマックスを迎えようとしていた。


 再び距離を取った源と死婆。

 今回はさすがに死婆も息を切らせている。源に至っては疲弊を隠そうと取り繕うことすら忘れている。


『どうやら互いに限界のようじゃな』


 死婆の声に源は声なくうなずく。


『ならば、次の一撃に全てを賭けよう』


 死婆が深く腰を落とす。

 源も死婆の動きに対応すべく、片足を後ろへひいて軽く前傾姿勢を取る。


『行くぞ!』


 死婆がしなやかな猫のように源へと踊りこんだ。

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