生徒会長が先生を嫌う理由を求めよ②

 学園都市『アウロラ』は、五つの学園からなる巨大な人工島である。


 昔、魔物モンスターにがけっぷちまで追い詰められた人類が、それを打倒するための魔法使いを育成するために作ったのが始まり。

 それから長い時間が経って、次第に飛行専門の魔法使い、通称『魔導師』を育成するための場所へと変わっていった。

 これは、20年ほど前の色々で空を飛ばない魔法使いたちはほとんど絶滅したのが影響していたりするのだが、まあこれは今はいいか。


 そんな学園都市の中心には、天にも届こうかという高さの『シリウスの塔』があり、その最上階にある鐘楼の鐘の音で学園都市の人々は暮らしている。

 もちろん時計なんかは個々人で持ってる人もいるし、ほとんどの教室には時計が備え付けられているのだが、それでもこのシリウスの塔を不要だという人はいないだろう。


 まあなにせこのシリウスの塔、実に古い。

 学園都市アウロラができた時に一緒に作られたらしいのだが、それ故に今の学生たちの親世代も、そのまた親世代もこのシリウスの塔を見て学生時代を過ごしたのだから、思い入れもひとしおだろう。


 それ故に、シリウスの塔は学園都市の誇りであり、それと同時に青春の日々を思い出させてくれる象徴でもあるのだ。


 まあ、なんで俺が急にこんな話をしたくなったかと言うと。


「先生! なんで報道委員会なんかにまともにつき合ったりするんです! 彼らが問題のある三流記者なのは見たらわかるでしょう!」


 授業が終わり、放課後となった今まさに、俺がそのシリウスの塔の最上階近くにある連合生徒会室で怒られてるからですね……。高くて周りに人がいないので周囲に気にせず叱られたい放題。


「ああ、もう最悪です。絶対あの人たちあることないこと記事にしますよ……」


「でも、俺たちが知り合いだったのは事実なわけだし」


「忘れてくださいって言ったじゃないですか!」


「でもそれに関してはわかったとも俺は言ってないわけだし……」


「何か言いましたか?」


「あっいや何でもないです。すみません」


 ジトっと睨まれたので正座で俺はへこへこと頭を下げる。


 教師の姿か? これが……。


 俺の姿を見て、ステラレイン君は気持ちを落ち着けるような大きなため息をついた。


「……もう謝るのはいいです。謝るくらいならこれからの生活態度を改めてください。

 今日、随分教室に来るのがギリギリでしたが、何をされていたんですか」


「あー……、それは、なんというか……」


 煙草を吸っていたとは言えるはずもない。

 ステラレイン君、そういうの嫌いそうだし、なるべくバレたくない。


「なるほど、なんとなくわかりました。先生が私に言えないようなことで時間をつぶしていたことが。

 ……胸ポケット、煙草を入れてらっしゃいますよね。お好きなんですか?」


「べ、別に朝吸ってたりはしてないです……」


「つまり、吸ってたんですね」


 軽く頭を抑えた彼女は、つかつかと俺に歩み寄ると「いいですか」と指を立てる。


「いいですか、貴方は大人なんですよ。

 しかも、生徒の模範となるべき学園都市の教師です。さらに言えば学生最高機関の連合生徒会ユニオンの顧問でもあります。

 そんな貴方がそんなだらけた態度でいいと思っているんですか? 

 時間にもゆるく、ついでに表情もゆるい。ネクタイもゆるい。もう全部ゆるゆるです。まるで先生には見えません! 

 そもそも先生は―――」


 俺この年になって、子どもにガチ説教食らってる……しかも生徒に……。

 どれも正論の上、先生らしくない俺が悪いのでなんも言えねえ。

 生徒に叱られるという逆転現象の情けなさも加わり、もうぐうの音しか出ない。


 ぐう。


 しばらくこんこんとセレナの説教は続いていたが、ある程度俺に言いたいことを言い終わったのか、こほんとかわいらしく咳ばらいをひとつ。


「とにかく、これからは遅刻は特に気を付けてください。生徒の間じゃ悪評は広まりやすいんですから。

 あれじゃあ午後からの魔法講義に来てくれる人がいなくなりますよ」


「いやぁ、それは手遅れじゃないかなあ」


 俺、魔導師じゃないって言っちゃったし。


 学園都市アウロラの全ての学校は『魔導師』を育成することを目的としている。

 そんな中で魔導師じゃない奴が教師っていうのは、やっぱりおかしい。


 だってカナヅチが水泳教室の先生をやってるようなもんだしな。

 なんのためにここにいるんだ、って話だろう。


 当然のように午後からの魔法講義に俺のところに来てくれる子いなかったし。


 ……ん? セレナがなんか言い出しにくそうに口をもごもごさせてるな。


「ステラレイン君どうかした?」


「あ、いえ、その……本当に魔導師じゃない、んですか?」


 青いふたつの瞳を僅かに揺らして、彼女は俺に尋ねた。


 なるほど、もしかしたら俺が冗談で言ったとかいう可能性も考えてるのかな。

 なら、その答えはシンプル。一つに尽きる。


 俺は眼鏡をクイッと押し上げて位置を正すと、目の前の少女を見上げて頷いた。


「本当だよ。俺は『魔導師』じゃない。キミたちが当たり前にできることを俺はできないんだな、これが」


 みんな当たり前のように魔法で空飛んじゃうんだもんな。びっくりだよ。


「ならどうやって教師になったんです? いちおう、アウロラは名門ですから先生の試験も厳しいはずですけど」


「有体に言うと《b》コネ《/b》だな」


「へ?」


 ステラレイン君が目を丸くした。


「うん、驚くよなー。なんかさ、俺しばらく家で引きこもってたんだけどさ、学長に教師にならないかって誘われたんだよな。

 まあ、借りもあったから引き受けざるを得なくてさ……あ、学長って言ってわかるかな。ユフィール・ゼイン学長」


「いえ、それはわかりますけど。……と言うことは教師は本当に初めてなんですか?」


「だな」


「それにしてはずいぶん授業はお上手でしたけど……」


「それに関しては、昔取った杵柄ってやつかな」


「それは、どういう……?」


「おっと、ステラレイン君は俺に興味が? いやあ照れるなあ、人に話すほどでもないんだけど……聞きたいかい?」


「ま、まさかそんな……って、私のことからかおうとしてますか」


「そう見えた?」


 からからと笑うと、セレナがなんだか疲れたように額を抑えてため息をついた。


「……もういいです。無駄話はここまでにしましょう。連合生徒会は仕事も多いんですから」


「あー……、それは俺も、だよな」


「当たり前です。そちらの顧問の先生の机の上にある書類がそうです。引継ぎのファイルも一緒に置いてありますから」


 じっと見上げるようなステラレイン君の二つの青い瞳がふいっと逸らされたのち、彼女は自分の席に戻っていく。

 そして、彼女はそれ以上俺の方には目線もむけず「今日の作業は……」と呟きながら連合生徒会長としての仕事に取り掛かる。


 ううん、やっぱり出会い方がまずかったのか、それとも俺の態度に問題があるのか、セレナ・ステラレインという少女はやたらと俺への当たりが厳しいような気がする。


 どちらのせいかな……両方かな……たぶん……。


 まあいいや。いつまでも無駄なこと考えてないで俺も作業に取り掛かろう。


 セレナが言うには俺の処理すべき書類は机の上に……んん?? 


 え? なにこれ机の上に俺の目線の高さまで書類が積み重ねられてるんだけど。


 まさかこれじゃ、ない……よな? 


「あのー、ステラレイン君、この机の上にある書類の山って今日だけで片づけなきゃいけないやつ……あはは、まさかそんなことは……」


「いえ、本日分がそれです。今日中に目を通して処理していただきたいです」


「そうかァ……」


 え? マジでこの量を俺一人でやるの? 俺が意地悪されているとかではなく? 


「いやこれ前ダンジョンで見た火妖精イグニスくらいの高さあるよ。パーティで戦うべき敵じゃない?」


「? 何を言って……ああ、すみません。ちょっと手違いがありました」


 俺の呟きに呆れたように顔を上げたステラレイン君が、俺の座る机を見て思い出したように立ち上がる。

 どうやらミスがあったらしい。いやまあさすがにこれを俺一人で今日中にってのはおかしいと思ったんだよなァ。


 せめて妖精さんが半分くらいの高さになってくれないだろうか。


「先ほど追加が運ばれてきたので……今日中に片づけるのはこれもでした。よいしょっと」


 ドスン、といま俺の左手側に置かれているのと同じ高さの書類が右手側に置かれた。


 ワ、ワア……妖精さんが二人になった……。


 これはパーティでも全滅の危機の規模だと思うぞ。それに一人で挑む俺はお察してこと。


「ステラレイン君、あのさ」


「嫌です」


「まだ何も言ってないんだけどなァ!?」


 この子俺のこと嫌いすぎでしょ。

 せめて俺が何言うかまで聞いてくれるとか、そういう優しさとかがですね……。


「どうせ明日までに延ばせないかというようなお話でしょう。それは無理ですし、かといって私が手伝ったりもしません。というか手伝えません」


「あー、うん、それは見たらわかる。

 流石にステラレイン君に手伝ってほしいとは言えないな……」


 ステラレイン君の『生徒会長』というプレートのある机の上には、俺の机の書類の軽く二倍は超える量の書類がドデンと鎮座していた。


 あれも恐らく今日中に処理するべきものなのだろうことを考えると、口が裂けても彼女に手伝ってくれなどとは言えない。

 もしあの量の書類を片付けた生徒をさらに働かせるような教師がいたならばそいつはとんでもない悪い大人だ。


 俺がそんなことになったら空中で三回転しながら土下座を見せてもいいぜ。


 ……いや、そんなことにはならないようにするんですけど。


 はあ、愚痴を言っても仕方ない。取り掛かろう。


「―――」


「……」


 しばらく、静かな時間が続いた。


 生徒会室は彼女の座る『会長』の席以外はすべてが空席。俺と二人しかいないせいで、お互いが動かすペンの音と息遣いすら響いて聞えるようだった。


 作業をしつつ、少しステラレイン君の方を伺う。


 彼女はその長い髪を指で掬うと耳にかけて、真剣な面持ちでもくもくと手を動かしている。

 だが、それでも中々周囲の書類の山は減っていかない。


 『連合生徒会』とはこの学園都市『アウロラ』における学生の最高機関。

 その会長ともなれば責任も権利も段違い。彼女の周囲にある書類の多さは、『連合生徒会長』という立場の重さの裏付けなのかもしれない。


 ……いや、だとしても多すぎだな。


「ステラレイン君ってさ、それ具体的には何の作業中なの?」


「……藪から棒になんですか、先生」


「いやそれいくら何でも量が多いと思ってさ。縛って殴られれば気絶して二、三日は目が覚めなさそうな量の束が四つくらいあるじゃん、それ」


「? ……先生の分は物足りないってことですか?」


「いやそれは勘弁してください。これで手一杯です」


 そうではなく。


「具体的にどういう作業が割り振られてるのかなーって。ちょっと気になってさ」


「べつに、ふつうですよ。確かに連合生徒会ユニオンは大事な組織ですが、それでも基本的な業務は各学園生徒会とは大きく違いはありません。ただその規模が大きく、細々した雑務もあるというだけです」


 ぺらり、と書類をめくりつつステラレイン君がつらつらとその内容を読み上げていく。


「来月の連合生徒会予算案、各学園での議事録まとめ、今度ある大運動会での来賓関係の日程調整、申請の来ている魔物退治実習の認可、生徒たちから来る相談や意見の投書に対する返信や……まあ、そんな感じです」


「大変そうだね」


「まあ、本来なら他の役員たちが……あっ」


 そこまで言ってステラレイン君は自分の失言に気づいたように口を抑えたが、もう遅い。


「やっぱり、他の役員の仕事まで一人でやってるんだな」


「それは……」


 ステラレイン君は唇を結んで、気まずそうに視線を外した。


 その態度が、答えを語っていた。

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