生徒会長が先生を嫌う理由を求めよ①
屋上で煙草をふかしつつ、生徒の登校風景をぼんやりと眺める。
「うおー。マジでみんな飛んでるなー」
いま友人と一緒に来た新入生らしき子も、箒に乗りながら本を読んでいる男子生徒も、眠気眼で口にパンを咥えてやってきているあっちの女子も、みんな当たり前のように空を飛んで登校してくる。
魔導学園都市の名に違わず、ここにいる生徒はひとりの例外もなく自在に空を飛ぶ『魔導師』らしい。
「……そして、俺がそんなところで先生、なあ」
煙草の火を消して、脇に抱えていた教養科目の教科書をぱらぱらとめくる。
そこで午前はクラス担任の教師が教養科目を教え、午後からは生徒が望む教師の下に魔法を教えて貰いに行くという仕組みになっている。
人気の先生になると教室に立ち見の生徒も出るくらいになるらしいが……まあ、俺には縁遠い話になりそうだ。
なにせ、新学年が始まってもうすぐ一カ月とかいう、変な時期に赴任したせいでほとんどの生徒はどの先生に魔法を教わるのか決めちゃってるそうなのだ。
まあそれでもなくても俺は顔見知りの生徒もいないんだし。
「いや、まあ一人だけいたか」
俺を嫌いって言ったあの生徒会長さん。雨の中の捨て猫セレナ・ステラレイン君。
まあでも、嫌いって言われた子とだけ顔見知りなの、マイナスはあってもプラスになることはないんだよなぁ。
「って、やべっ。もうすぐ授業だ」
色々考えごとしていたせいで時間ギリギリになっちまった。
煙草を吸うために上った屋上への階段を駆け降りつつ、授業を受け持つことになったクラスへと走る。
「なんとか、間に合うかな!」
腕時計の時間的に……たぶん間に合う! たぶん時間ちょうどか、一分前にはつけるだろう!
受け持ちのクラスの名前の書かれたプレートが見え、俺はその講義室の扉に手をかけ勢いよく飛び込んだ。
「よし、なんとかセーフ! ギリギリでごめん! 俺は今日からエルビス学院の―――」
カシャカシャカシャカシャ!
「うおっ、まぶしっ! うるさっ! え、何何何!?」
なんでこんな急にカメラのシャッターとフラッシュ!? 悪魔かなんか祓いたいのか!?
光と音で語感が揺さぶられまくる俺が教室の扉の前で立ち尽くしていると、間髪与えぬ! とばかりに今度はマイクの群れがやって来る。
「来ました今日からエルビス学院の教師として赴任されるアドレー・ウル先生です!」
「急に何!? と言うか君は誰だ!? 俺は授業をしに来たんだが!?」
一番前でマイクを構える眼鏡の女子が「よくぞ聞いてくれました!」とばかりに鼻息荒く、俺に詰め寄ってくる。
「ベレッタマギアハイスクール報道委員会です! エルビス学院に時期外れの新任の先生が来たと噂を聞いてインタビューに来ました!」
「思いっきり部外者!」
どうなってんだこれから授業時間だぞ!
「私たちは
「ウス」
後ろでカメラを構えていた巨体の男子生徒が頷きながら、俺にカメラを寄せた。近いって。
「噂通り眼鏡で細い目ゆるいネクタイといかにも終盤裏切りそうな悪役の要素を持っていますねアドレー先生!」
「キミ初対面の大人に向かってよくそんなこと言えるな!」
「報道委員会は記者の主観による生徒の心に訴えかける記事を書くことをポリシーとしています。ね、ライオス?」
「ウス」
「一番偏向報道が起きやすいやつじゃん……」
自信満々に言わないでほしい。
「さあさあアドレー先生! 私たちのインタビューを受けていただきます! さあ! さあ!」
「ああもうカメラもマイクも寄せるな! 俺は授業をしなくちゃ―――」
「そこまでにしてください。ベレッタマギアハイスクール報道委員会」
凜、とした声が教室の中から響いた。
「既に授業時間です。貴方たちの自由のせいで他の生徒の勉学を阻害するなら、私の権限を以って厳重注意を与えますよ」
「私の権限? そういうあなたは―――おっと……」
その声は扉の前で立ち尽くす俺と、迫っていた女子生徒の間を断ち切るように差し込まれ、視線を講義室の中で立ちあがる『彼女』へと集めた。
「先ほどまでは授業時間外でしたから教室にいたのも許しましたが、これ以上の委員会活動は控えていただけますか」
「おやおやこれは『孤高の生徒会長』さん、そういえばこのクラスは貴方のクラスでしたね」
「……二度は言いません。これ以上は連合生徒会権限を以って厳罰を与えることも視野に入れます」
「それはご容赦願いたい! 最も、今の連合生徒会にそれができる権限があるのかは疑問ですが」
「……どういう意味ですか」
「さて、どういう意味でしょう」
報道委員会の生徒がにんまりと笑うのを、彼女は厳しい表情で見返した。
高い魔力素養を示す宝石が散りばめられたような編み込まれた金髪、海のように深い青の瞳。
端正な顔立ちと、上まできっちりボタンを止めた白いブレザーの上からでもわかるスタイルの良さ。
眉目秀麗。文武両道……ではないらしいが、学力はかなり高いらしく、校則違反もしない非の打ちどころのない優等生
雨の日に、俺が拾った家に帰りたくない迷子の女の子。
「ステラレイン君のクラスだったのか、偶然だな。今日はちゃんと迷子にならずに学校来てるな」
「「 !? 」」
よっす、と手を上げて挨拶すると、それまで事の成り行きを見守っていた生徒と報道委員会がまとめたざわっと揺れた。
「赴任初日の先生と既に顔見知り。これは事件の匂いがするな」
「私たちの会長ちゃんに男の影ですの……?」
「待て! まだ結論を出すには早い! 連合生徒会長ともなれば事前に教師と顔を合わせるチャンスもあるかもしれない!」
「だが、あの挨拶……やけに親し気に見えますわ!」
「えー、どうなのセレナ? 知り合いなの?」
「お堅い生徒会長のスキャンダルですか!?!?」
「違います! ただあの人が連合生徒会の顧問と言うだけで、やましいことは―――」
「こぉぉれーーはぁ! もう聞きたいという気持ちが抑えられません! 厳罰知らいでか!」
「ああもう報道委員会! 私の話聞いてる!?」
だだだだっと報道委員会の女子生徒が戻って来て、俺へとマイクを突きつけてくる。
「実際のところどうなんですか! そうなんですか!? あの生徒会長とめくるめく一夜の夢を過ごしたのですか!? スキャンダルですか!? 生徒と教師の禁断の愛ですかー!?」
質問が多い! 俺ちょっとセレナと挨拶しただけなのに妄想力がすごいな学生は!
「いや俺とステラレイン君はだな……」
「貴方は何も話さないでください! 報道委員会! そろそろいい加減にしないと怒りますよ!」
つかつかと講義室の自分の席から前に出てきて報道委員会を注意するセレナだが、ヒートアップした報道委員会はもう止まらない。
「これはアドレー先生の人柄にも迫らねば! エルビス学院と言えばこの学園都市で一番『魔導師』の質が高いことでも知られる学園! どのようなところからいらっしゃったのですか? 使っている
あー……、困ったな。何と答えたものか。
ええと、そうだな、とりあえず。
「あー……、ごめんな。俺、魔導師じゃないんだ。だから、その質問には答えられないかな」
「……はい?」
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