第38話 セレナの本心

魔王の城の地下、長い廊下の先、マイキーが足を止める。


「はぁ、はぁ、はぁ、もう…ほっといてよ」


マイキーの視線の先、綾香に似た少女が言った。


廊下の先は行き止まりになっており、逃げ道を失った少女が壁に背をつけた。


「名前…、聞いていいか?」


マイキーが少女に歩みより尋ねた。


「…自分の名前なんて、そんなの知らない。私は魔王としてここにいる。あの黒マントの男とここで出会って…、それで…っ…」


頭を抱え、少女が声を詰まらせる。


「大丈夫か?」


マイキーがふらつく少女の体を支え言った。


「触らないで!」


少女がマイキーの手を弾いた。


それでも男はひるむことなく少女の腕をつかむ。


そのまま少女の服の袖をまくり上げ、マイキーが言った。


「この傷は…、何だ?」


少女の腕には拘束具でしめつけられたような跡がいくつもあり、最近負ったであろう傷が生々しく残っていた。


その傷から目を逸らし、少女が口を開く。


「…ここで目が覚めた時、マントの男が言ったの…。私は街の人たちに嫌われてるって…。それで、この城に閉じ込められたんだって、そう言ってた」


「あの男の言葉を信じたのか?」


「うん…。だけど、もう信じてない」


マイキーが少女の手を優しく握り、尋ねる。


「どうして信じなくなったんだ?」


「…あの人の言うことを全部聞いて、地下室の修行も頑張ってきたけど、ママもパパも誰も私を迎えに来ない…。だから、もう信じるのはやめたの」


目の前にいる少女は、地下にある拷問部屋で男に何かひどい事をされたのだろう、そうマイキーは思った。


悲しそうにうつむく男を見て、少女が眉をひそめる。


「悲しむフリはやめて。あんたも皆と同じように私が嫌いなんでしょ?」


少女の言葉にマイキーが首を振る。


「違う。俺はただ、お前を救いたいだけだ」


「私を救う?」


「あぁ、そうだ」


「どうやって?」


「それは…」


マイキーが言葉を詰まらせる。


少女が呆れた様子でため息をついた。


「もう、いいよ。あんたもあんたの仲間も、みんな消えちゃえばいい」


ふと、少女が顔を上げ、前方を見る。


「…誰?」


少女が言った。


長い廊下の先。


床に落ちていた人骨を拾い上げ、黒崎が少女とマイキーの方へと歩み寄る。


「お前…!まさか…」


マイキーが声を震わせ言った。


「あっ!誰かと思えば、勇者様!無事に元の姿に戻られたのですね!」


黒崎が満面の笑みで手をたたきながら話を続ける。


「いやー、それにしても、お互い気づくのが遅すぎた。もっと早くお互いのことに気付いていればもっと楽しめたのに…、あ~、もったいないっ」


「お前…、いったい何を言って…」


黒崎の言葉にマイキーが動揺する。


その姿を見て、満足そうに黒崎が言う。


「黒魔術師の女…。つまり、あれだ、俺はキッドとしてあんたらと一緒に旅をしてたってわけ」


「なっ…」


「あ”あああ!こんな事なら、あの女の姿でお前を背後から刺せばよかった。まじでもったいねぇ!そっちの方がめちゃくちゃ楽しいだろうに、クソっ…、俺としたことが…」


「……」


黒崎が頭を抱えながら、マイキー達の方へ近づいてくる。


男はそのまま、言葉を失うマイキーの前に立ち、手に持っていた人骨を彼の首元に近づけていく。


「っ…」


マイキーの額から汗が滲み、ゆっくりと滴り落ちていく。


骨の先は鋭く尖っており、刺されたら人絶たりもない。


「殺すの?」


少女が黒崎に尋ねた。


綾香と瓜二つの少女を見て、黒崎がにやにやと笑う。


「あぁ、殺すよ?だけど、助かる方法はある」


「何?」


興味深そうに少女が尋ねた。


少女の問いに、黒崎が目尻を下げ答える。


「自分の喉を切り裂いてみろ。そうすれば、こいつは助かる」


「ふざけるな!」


マイキーが叫び、黒崎の頬を思いっきり殴った。


男の攻撃を受け、地面に叩きつけられた黒崎の鼻から血が滴り落ちていく。


その血を手で拭い、黒崎が言った。


「あーあ、あんたのせいで首、切れちゃったよ…」


黒崎が持っていた鋭く尖った骨の先にはマイキーの血がべったりと付いており、

躊躇することなく、黒髪の青年がその血を舐めた。


「ん~…、やっぱ、違うんだよな」


「っ…」


マイキーが首元を手で押さえながら地面に膝をつく。


男の首元からは絶え間なく血が滴り落ち、

耐えがたい激痛がマイキーを襲う。


「っ…に…げろ…」


マイキーが声を絞り出し、少女に促す。


「あ…、あぅ…」


恐怖で動けないのだろう。


少女が地面にへたれ込み、項垂れた。


マイキーの首から滴り落ちる鮮血を見て黒崎が叫ぶ。


「俺が欲しいのはこれじゃない!!山本は?あいつはどこにいった!?っ…」


突然、目が開けられないほどの眩しい光が黒崎を襲う。


その光の正体を確認しようと黒崎が目を細めた

次の瞬間、どん!という音と共に、黒崎の体が壁に打ち付けられた。


「ぐはっ!」


黒崎が口から血を吐き、床に倒れ込んだ。


「本田さん!」


マイキーの方へと駆け寄り、セレナが叫んだ。


意識が朦朧とする中、マイキーがセレナの方に手を伸ばす。


その手を優しく包み込み、セレナが男に魔法をかける。


彼女の白魔術によるものだろう、マイキーの首の傷が見る見るうちに治っていく。


「誰よりも幸せになって…」


マイキーの目の前、セレナが微笑み、つぶやいた。


「セレナ…が…、綾香……なのか…?」


マイキーの声を聞くことなく、セレナは白い光となり、すぐ近くにいた少女の体の中へと吸い込まれていった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る