第36話 片割れ

綾香とそっくりな少女を前に、マイキーが頭をかかえる。


マイキーは自分の顔を覗き込もうとする少女から目を逸らし、

「ただ似ているだけだ…」

とつぶやいた。


「誰に似てるの?」


少女が眉をひそめ言った。


「こことはまた別の世界にいる綾香という名の少女じゃ」


賢者が黒マントを身に纏った少女の方に歩み寄り言った。


賢者はそのまま声を震わせ

「全てはわしの過ちによるもの…。おぬしらに慈悲をかけたばかりに、こんなことになってしまった…」

と眉を下げた。


「どういう事なのか説明してください。僕たちにはその話を聞く権利がある。

魔王が何者なのか、あなたは知っているのでしょう?」


シラキが賢者に詰め寄る。


少しの沈黙の後、賢者が

「あそこで横たわっているのは、おぬしらが巻き込まれた人身事故を起こした男…、トラックの運転手じゃ…」

と黒マントの男の方に杖先を向けた。


「…あの男には前世の記憶はあるのか?」


マイキーが賢者に訊ねる。


賢者がゆっくり首を振り

「二人とも記憶を失くしておる」

と答えた。


「二人とも…ってことは、やっぱり…」


シラキが綾香に似た少女の方を見てつぶやいた。


少女は退屈そうにため息をつき、目線を下に落とす。


不穏な空気が漂う中、話を戻すように賢者が口を開く。


「わしがおぬしらをこの世界に転生させた際に綾香という名の少女に何があったのか、ちゃんと話しておくべきじゃったな…」


「一体…何があったんだ?」


恐る恐るマイキーが訊ねる。


「魂がふたつにわかれたんじゃ…善と悪、二つの魂に…」


「じゃあ、魔王の片割れとして生きてた彼女は…綾香の悪の部分…ってことなのか…?」


マイキーが悲しそうに言った。


賢者が小さく頷き

「その通りじゃ」

と少女の方を見る。


「私は……」


悲しそうな顔をした少女がつぶやく。


突然、少女が賢者の杖を奪い、その杖先を賢者の心臓に向けた。


「あんたの話が本当なら、私は不完全ってこと?

私のもう1つの魂はどこ?どこにいったの!?」


「お主のもう1つの魂は…、そうじゃな…。ゴールデン・マイキー、そなたはもう気づいておるのではないか?」


賢者が目線を少女からマイキーの方に移す。


「……」


一緒に旅をしてきた仲間。


知らないうちに惹かれていた白魔術師の女性。


誰よりも自分のことを想い、 信じてくれた彼女の名前をマイキーは口にする。


「セレナか…」


「そうじゃ。彼女が綾香という名の少女の善の部分。ひとつの魂が分かれ、それぞれ違う人生を歩み、 その中で人格が形成されていったというわけじゃ。 しかし、未練や憎しみの感情が強かったのだろう。 善はセレナという新しい体になっておるが悪は姿形が綾香という名の少女のままじゃ」


少女が賢者の杖を振り回し叫ぶ。


「セレナっていう子を連れてきて! 今すぐに!さもないとみんな消しちゃうから!」


何とかして少女を落ち着かせようと、マイキーが彼女に呼びかける。


「落ち着け。俺たちは敵じゃない」


「いや、こいつは魔王の片割れ…、僕らの敵です」


シラキが少女の方を指差し言った。


「シラキ…」


「前世がどうであれ、こいつは 魔王の片割れ…。あそこにいる男と共謀してたくさんの人を傷つけた…」


「それは…」


シラキの言葉にマイキーが声を詰まらせる。


「うるさい!うるさい!うるさい! うるさい!」


少女が耳をふさぎうずくまった、 その瞬間。


シャンデリアをつるしていたロープが切れ、ものすごい衝撃音とともに王座が押しつぶされる。


「きゃ!」


少女が小さな悲鳴をあげた。


マイキーが 少女を体を抱きしめ、シャンデリアから遠ざけるように、 自身の背中を王座の方へと向けた。


「あ…」


少女が顔を上げ言った。


飛び散ったガラスの破片が頭に当たったのだろう、

マイキーの額からは血がにじみ出ている。


「マイキーさん!」


とっさに身を守っていたシラキがマイキーの元へと駆けよる。


「離してっ!!」


少女がマイキーの手を振りほどき、部屋の外へと飛び出していった。


「っ…シラキ。賢者たちのこと、よろしく頼む」


そう言い残し、マイキーが部屋から走り去っていく。


部屋の扉の前。


賢者が呼吸を整え、シラキに問いかける。


「おぬしが憎むべきは過去の自分…。どれだけ力を得たとしても、過去を変えることはできぬ。どうすることもできない事象じゃ。しかし、未来は変えられる。それを忘れるでないぞ」


「…あんた、何を言ってるんだ?」


シラキが首をかしげ言った。


その瞬間、周りが眩しい光に包まれる。


さっきまでその場にいた白髪の青年が消え、賢者が口を開く。


「…もう、わし一人にできることはあるまい。後は若者たちに全てを託そう」


重くなっていく瞼をゆっくりと閉じ、賢者がその場に膝をつく。


そのまま地面に腰をおろそうとしたその時。


「よぉ、じいさん」


黒崎の声が聞こえた。



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