第34話 神の慈悲
黒崎が山本春をいじめていた理由がわかったと、そう口にする青年を見つめ、マイキーが訊ねる。
「いじめていた理由はなんだ?」
「彼の血です」
「なに!?」
沈黙。
シラキが自分の記憶をたどり、目の前の男にそれを話し始める。
「黒崎は山本を殴った後、決まってある行動をとっていたんです」
「ある行動?」
「えぇ。奴は山本の血がついた自分の拳をいつもなめていました。ただ、気に入らなくて殴ってたとばかり思っていたけど、実際はそうじゃなかった…。 奴は山本の血が飲みたくてしかたなかったんだ…」
「彼を殴ることで、血を手に入れていたということか?」
「はい。おそらくそうだと思います。人の血は人それぞれ風味が違うと言われているので…、黒崎が山本春を執拗に狙っていたのも、彼の血が気に入っていたからなのかもしれません」
「……」
マイキーが頭を抱えながらため息をつく。
「現世に吸血鬼のような男がいたとは…。とてもじゃないが信じられない」
「そう思うのも無理はあるまい」
賢者の声が耳に入り、二人が部屋の扉の方を見る。
扉の向こう、静かに立っていた賢者を目の前にして、マイキーが口を開く。
「あんた…無事だったのか、よかった。山本春は?一緒じゃないのか?」
「ハルは現世に送り返したからのぉ。もうこの世界にはおらんよ」
賢者の言葉にマイキーが息を呑み、訊ねる。
「送り返しただと?どういう意味だ?」
「そのままの意味じゃ。 あの時、ハルはトラックに轢かれて死ぬ運命じゃった…。
ハルだけじゃなく、お主らも、何かしらの後悔を抱えたまま死んでしまう運命だったんじゃ。それをわしは不憫に思ってのぉ。おぬしらをこの世界に転生させたんじゃよ…」
「っ…、じゃあ、俺たちをこの世界に送ったのは…」
「他の誰でもない、このわしじゃよ」
「ふざけるな!」
シラキが賢者の肩をつかみ、声を荒げる。
「あんたのせいで、黒崎は魔王に転生して村の人たちは殺された!村人だけじゃない!僕をかばったあの人だって、 あんたが余計なことをしなければ、 死なずにすんだ!」
「シラキ!落ち着け!」
マイキーがシラキを賢者から引き離す。
シラキはぐっとこらえ、感情を押し殺すように深く深呼吸をした。
「わしは全てを知っておる。だからこそ、ハルという名の青年を現世に送り返したんじゃ」
「…送り返した理由は何だ?」
「ハルの心が壊れてしまう。そう思ったからじゃ。しかし、運命を大きく捻じ曲げてしまったからのぉ、あの青年がいまどんな姿で現世にいるのか、想像もできまい」
「言葉を濁さず、はっきり言えばいい。山本春が知ったら心が壊れてしまうようなことをあんたは知ってるんだろう?」
シラキが眉を寄せて言った。
少しの沈黙の後、賢者が重い口を開く。
「おぬしらは、黒崎という名の青年を魔王だと勘違いしておる」
「なんだと!?」
マイキーが驚き、目を見開く。
シラキは憔悴したようにうつむき、つぶやく。
「じゃあ…、黒崎は今どこにいるんだ?」
長くのびた髭を軽く整え、 賢者が言う。
「黒崎という名の青年は、赤い髪の少女、キッドじゃ」
「なっ…」
予想外の言葉にマイキーが絶句する。
かつて一緒に旅をしていた仲間。
赤い髪の女性の笑顔を思い出し、マイキーが身震いをする。
「そんな…、嘘だろ…」
「嘘だと思うのなら、そう思い生きていくがよい」
賢者が諭すように言った。
部屋の隙間から流れ込む冷たい風が頬を掠めていく中、マイキーが口を開く。
「仮にキッドが黒崎だったとして、本人は前世の記憶を持っているのか?」
「持っておる。しかし、それだけではない。黒崎という名の青年は前世の姿のままこの世界に生を受け、その後、フレアという名の少女の黒魔術によって、魂が入れ替わり、今の姿になったんじゃ」
「…ふっ、ははは…」
「シラキ?どうした?」
マイキーが白髪の青年の方を見る。
薄汚れた部屋の壁にもたれかかり、シラキが肩を震わせる。
「マイキーさんと山本春の魂が入れ替わったのは、黒崎が魔法を解いたから、か…。
僕達がどこかに飛ばされた以上、もう興味はないらしい…。奴にとってこの世界は単なる暇潰しのようなものなのかも…。転生しても奴に踊らされるなんて…、
ほんとに、笑えるよ…」
「シラキ…」
マイキーが呟き、再度、老人の方へ目を向けた。
「あんた、魔王の正体を知っているんだろ?黒崎がキッドなら、魔王は一体、何者なんだ?」
賢者が小さく咳払いをし、二人に背を向け言う。
「百聞は一見にしかずじゃ。真実を知りたければ、わしについてくるがよい」
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