第32話 真実

張り詰めた空気の中、お互いに一定の距離を保ち、

ビッグマン達がキッドの方を見る。


「一体…、なにをする気だ?」


ビッグマンが眉をひそめ言った。


視線の先にいる大男に動じることなく、キッドがニヤリと口角を上げ言う。


「ねぇ。夢の中でメルシーと二人きりになったら何がしたい?」


「?何を言って...」


電池が切れたようにビッグマンが膝から崩れ落ち、その場に倒れこむ。


「ビッグマンさん!」


セレナがベッドから離れ、ビッグマンにかけ寄り、大男の体を揺さぶる。


男は深い眠りに落ちているのだろう、反応はない。


「...彼に何をしたの?」


恐怖で震える体を片手で押さえ、キャロラインがキッドに尋ねた。


「睡魔が襲う魔法をかけただけだよ。

 それより、あいつらの心配しなくていいの?」


窓辺にいるメルシーとツキを交互に指さし、キッドが笑う。


床の上、メルシーの隣にいたツキは意識を失っているのか

ピクリとも動かない。


メルシーがキャロラインの方を見て

「...早く...逃げて...」

と言ってその場に倒れ込んだ。


「メルシー!」


キャロラインが叫んだ。


その直後、猛烈な眠気に襲われ、キャロラインが倒れこむ。


「キャロラインさん!...そんな...みんな、しっかりして...」


見えない恐怖を目の当たりにし、セレナが声を震わせる。


「どうしよう...私...」


「みんなを救う方法、知りたい?」


キッドがセレナの顎を手で押し上げ言った。


長い沈黙。


ドンドン。


突然、扉をノックする音が鳴り響く。


部屋の扉の向こうから

「どうされました?」

と店主であろう男の声が聞こえた。


キッドが隠し持っていたナイフをセレナの側に置き、窓を開けて外に飛び降りた。


次の瞬間、部屋の扉が開かれ、店主とセレナの目が合う。


「…大変だ」


店主がつぶやいた。


セレナのすぐ傍には、キッドが置いていった血のついたナイフが落ちており、店主が眉をひそめる。


「あ…あの…わたし…」


声をつまらせる女性に歩み寄り、店主が彼女に声をかける。


「ここで何があったんだ?」


肩まで伸びた真黒な髪、そして、鋭い眼光。


セレナの目の前にいた男は黒崎と瓜二つだった。


そんな男を見て、セレナの呼吸が激しく乱れる。


「い…や…こないで…」


セレナが首を横に振る。


「落ち着け。ゆっくり深呼吸をして、何があったのか話すんだ」


思い出せそうで思い出せない男の姿に眉を歪ませ、セレナが口を開く。


「あ…赤い髪の…女性が…みんなに魔法を…かけたんです」


「赤い髪だと!?その女はどこにいった?」


店主が声を荒げた。


「さっ…さっき、窓から…逃げました…」


セレナが開かれた窓を指差し言った。


店主が急いで確認するも、 窓の外には誰の姿もない。


「くそっ…。もっと早く店に戻っていれば…」


店主が拳を握りしめ唇を噛んだ。


「あ…あなた、は…?」


意識が朦朧とする中、セレナが男に尋ねた。


答えにくそうに男が目を伏せ頭を掻く。


「自分はフレア、この店の店主だ。 自宅で仮眠をとっている間、こんなことになっていたなんて…。危険な目に合わせてしまって本当にすまない」


フレアが窓辺から離れ、床に倒れ込むキャロライン達の脈を手で確認していく。


全員が意識を失っているだけだとわかり、フレアがほっと胸を撫で下ろす。


「あの…、みんなは、大丈夫ですか?」


不安そうな声でセレナが男に訊ねた。


「安心しろ。みんな眠っているだけだ。待っていれば、そのうち目を覚ますだろう」


「そうですか…、よかった…」


セレナが安堵の表情を浮かべ

「あの…」

と男に声をかける。


「何だ?」


「私たち、どこかで会ったことありますか?」


しばらく考え込み、フレアが言う。


「自分はあんたとは初対面だ。赤い髪の女から何も聞いていないのか?」


「え?」


困ったように頭をかかえ、

「ややこしいことになったなぁ」

とフレアがつぶやく。


何らかの事情を知っているであろう男の腕をつかみ、セレナが言う。


「何か知っている事があるなら、教えてください。このままじゃみんなを助けられない!っ・・・頭がっ…」


突然、割れそうな程の頭痛に襲われ、

セレナが両手で頭をかかえ、目を強く閉じる。


忘れていた過去の自分。


閉められた蛇口がひらかれたように、セレナの記憶が徐々に戻っていく。


「…どうした?」


「あなた…、黒崎君…、だよね?」


セレナがフレアの肩をつかみ言った。


「どうして?どうしてあんなことをしたの!?」


転生前の記憶を取り戻したセレナが男を睨み、言った。


「まてまてまて!自分は黒崎って奴じゃない!そもそも自分は女なんだよ」


「ふざけないで!あなたも私と同じように、この世界に転生したんでしょ?」


「違う!私はもともと黒魔術師の女で、今の外見の奴に脅されて、中身が入れかわったんだよ」


「…」


眉をひそめ、恐る恐るセレナが訊ねる。


「魂が入れ替わる魔法を使ったってこと?」


「あぁ…、そうだ」


知り得なかった真実を知り、セレナが声を震わせる。


「そんな…。じゃあ、キッドさんが… 黒崎君ってこと?」


「キッドって?」


「私の仲間を襲った、赤い髪の女性の名前です」


「そうか…。あの野郎、偽名を使っているらしい。ところであんた、私の体を奪った奴とどういう関係なんだ?」


「・・・・」


フレアから距離をとり、セレナが身構える。


「まいったなこりゃ…」


男が髪をかきあげ、

「改めて自己紹介させてくれ。私は黒魔術師のフレアだ。あんたは?」

と目の前の女性に尋ねた。


少しの沈黙の後、セレナか口を開く。


「私はセレナ。私はまだあなたの事を信用してない。この世界に転生する前、私が彼に何をされたのか、あなたは知らないでしょ」


「あぁ。だから訊いてるんだ」


真剣な眼差しで自分を見つめるフレアを見て、セレナが辛そうな表情を浮かべる。


無理やりキスされたあの時と同様、性的暴行をうけるのではないかという不安が込みあげ、白い髪の女性が顔を手で覆った。


その姿を見て、フレアが言う。


「奴に何をされたのかは大体わかる。私もあんたと同じ被害者なんだ。 早く、奴を止めないと。 取り返しのつかないことになる」


「…」


重い雰囲気が漂う中、セレナが白魔術を唱えた。


魔術によるものなのか、見る見るうちに部屋の中が白い光で満たされていく。


やがてそれは一筋の光となり、 窓の外、キッドまでの道筋を照らし始めた。


「この光はキッドさんの所まで続いてる…。フレアさん、私についてきてください」


「わかった」


セレナとフレアが宿屋を飛び出し、星空の元、その光を辿っていく。


誰もいない街中を走り抜け、細い路地裏を抜けた先、

白い光に照らされたキッドが 息を切らし膝に手をついていた。


セレナとフレアの姿を見るや否や、キッドが口を開く。


「あんたを見くびってたよ、セレナ。 これじゃあ、逃げも隠れも出来やしない」


フレアが赤い髪の女に近づき、彼女の胸ぐらをつかんだ。


「このクズ野郎!今すぐ魔法を解いて、私の体を元に戻せ!」


「あはははは!!」


肩で息をしながらキッドが笑う。


「じゃあ、取引する?」


「なに!?」


「あんただけじゃなく、皆の体を元に戻してやるよ。

そのかわり、セレナをこっちによこせ」


「なっ…」


フレアがキッドから手を離し、セレナの方を見た。


フレアと視線を合わせ、セレナが小さく頷く。


「フレアさん。私、行きます。

それで皆の体が元に戻るなら、私はどうなってもかまわない」


心の底から湧き上がる恐怖を払い除けるように、セレナが拳をにぎりしめ、キッドの方へと足を進める。


「セレナ!行くな!奴がどんな男なのか、わかってるだろ?」


フレアがセレナの前に立ち言った。


「黒崎君を止められるのは私だけ…。だから、止めないで」


フレアの忠告もむなしく、セレナがキッドの方に歩み寄る。


キッドがセレナを見下ろし、にやりと口角を上げる。


「黒崎君を止められるのは私だけ…か…。

あいつから俺の正体を聞いて、全てを思い出したってわけ?」


「そうよ。だけど、私はあなたを責めたりしない。

早く…みんなの姿を元に戻して」


小刻みに震える女性の体を強引に抱き寄せ、

「わかった」

とキッドが囁いた。



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