第31話 対峙
ロストタウンの宿屋の一室。
部屋のベッドで眠っているセレナを見つめ、キャロラインが言う。
「セレナが目を覚ましたら、マイキー様たちを探しに行こう」
「シラキはマイキーと一緒にいるのか?」
ビッグマンがキャロラインに尋ねた。
「うん…。マイキー様の後をつけるよう言ったから、一緒にいると思う」
キャロラインが不安そうな表情で大男の方を見る。
部屋の窓辺に立つビッグマンの隣にはメルシーが立っており、男の腕に抱きつくように自身の腕を絡ませていた。
それを見たキャロラインがあきれた声で尋ねる。
「メルシー、勇者様一筋だったのに、もう気が変わったの?」
「えぇ。だって、勇者様は私を見放したんですもの」
「見放した?」
「そうよ。彼はキッドを信じるって言って、私のことを見放した。今はただ、彼が憎くてたまらない」
「メルシー、わかってると思うけど、それは偽物だよ。本物の勇者様はそんなこと言わない…」
「……」
メルシーがビッグマンの元から離れ、キャロラインに歩み寄る。
「キャロライン。あなたは何も分かっていない」
「え?」
「私はね。勇者様の外見と中身。そのふたつを愛していたの。どちらかひとつでも欠けていたら、それはもう私の愛する人ではないのよ」
「そんな…、ひどいよ。勇者様は姿が変わっても、私たちを想ってくれているのに!」
キャロラインが眉をひそめ言った。
口に手を当てながらメルシーが笑う。
「じゃあ、あなたはあの茶色いモンスターと結婚できる?」
「っ…」
キャロラインが唇を噛みしめ声を絞り出す。
「今はあの姿でも、私は元に戻れるって信じてる」
「無理よ。本物の勇者様はずっとあの姿のまま一生を終える。
誰もあの赤髪女を説得できるはずがない。あの女は自分の欲の為なら何だってする、そんな女よ」
瞳を潤ませる青年を見て、メルシーが言った。
重たい空気が流れる中、ビッグマンが口を開く。
「キッドって女を説得する以外に何か方法はないのか?」
少し考え込んだ後、メルシーが言う。
「あるわ」
「っ…本当?」
キャロラインが涙を拭い、言った。
瞳の中に光を灯すことなく、メルシーがキャロラインの肩をつかみ、青年の耳元でささやく。
「キッドを殺せば魔法は解ける」
「!!……」
みるみるうちに青ざめていく青年を見つめ、ビッグマンが尋ねる。
「どうした?」
キャロラインがうつむき、目から涙をこぼし始める。
どんな理由があれ、一緒に旅をした仲間であるキッドを手にかけるなんて、できるはずがない、そうキャロラインは思った。
「…キッドを殺すなんて…そんなの、したくない…」
「……」
ビッグマンが息を呑み、メルシーの方を見る。
「仲間を殺せばいいなんて。お前、正気か!?」
大男の怒鳴り声に、唇を震わせ、メルシーがその場に崩れ落ちる。
「私はあの女が憎い…。私から愛する人を奪ったあの女が…。
だけど、私にはどうすることもできないっ…それがつらいの…」
ガチャ。
突然、部屋の扉が開き、メルシーたちが肩を震わせる。
「やっぱり、ここにいた」
キッドの声。
開かれた扉の前、キッドが満面の笑みで立っている。
赤い髪の女が着ている白いシャツは所々血で汚れており、時間がたったからなのだろう、赤黒く変色していた。
「っ…」
怒りのまま、メルシーがキッドを睨みつける。
キッドの後ろからツキが顔を出し
「ここにいるみんな、マイキーの仲間なの?」と尋ねた。
ビッグマンがうなずき
「あんたは?」
と金髪の少女に訊き返す。
「私はツキ。この街でアクセサリーを売ってる商人だよ」
重苦しい空気を断ち切るように、ツキが明るい声で言った。
「そうか。俺はビッグマンだ。そこのベッドで寝ているのはセレナで、その隣にいるのがキャロライン。で、こいつは…」
「メルシーよ」
キッドと視線を合わせることなく、メルシーが言った。
「自己紹介はその辺にして、セレナを起こしてよ、キャロライン」
怯える青年を見つめ、キッドが指示を促す。
キャロラインは、血で汚れたキッドのシャツから視線をそらし、
「セレナ、起きて…」
と白髪の女性の体を優しく揺さぶる。
「んっ…」
眠たい目をこすりながら セレナが上半身をおこす。
「おはよう、セレナ」
キッドが言った。
「キッドさん?どうしてここに…」
セレナがキッドを見て訊ねた。
「話せば長くなるから簡潔に言うよ。 マイキーっていう茶色いモンスターと白髪の吸血鬼男は魔王のところに飛ばされた」
キッドの言葉に辺りが静まり返る。
「ちょっと、待った!」
ツキがキッドの横を通り、 部屋の中に入ってくる。
「何をする気だ?」
ビッグマンがセレナをかばうように ツキの前に立ちふさがる。
「警戒しないで。私はあなたたちの味方だから。何があったのがちゃんと説明させてほしいの」
「ふざけないで!」
メルシーがツキに掴みかかり声を荒げる。
「あんたがキッドの味方である以上、信用できないわ! あの女と同じ、あんたも黒魔術師なんでしょ?マイキー様とキャロラインの次は私たちの姿を変えるつもり?」
「それは、彼女が望んでやったことじゃない!キッドは偽の勇者に命令されて…」
「違う!あの女は自分の意思でやった…。マイキー様を裏切った裏切り者よ!」
「…聞いてた話と違う。どういうこと?」
ツキが血相を変え、キッドの方に視線をむけた。
困惑する少女をみて、 赤い髪の女がケタケタ笑う。
女はそのまま 部屋の中に入り、部屋の扉を閉めた。
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