第30話 眩い光

杖をついた老人が一人、ハルの元へ歩みより、男の肩に手を置いた。


「おぬしは人を傷つけるような人間じゃない。

それなのに、なにをそんなに生き急いでおる」


老人の言葉にハルが眉をひそめる。


「黙れ、お前に俺の何がわかる。この世は力が全てだ。俺はもう、誰かに支配される人生は嫌なんだよ!」


「…」


賢者がハルから手を離し、顎に手を当て考え込む。


ただ者ではない雰囲気を放つ老人を見て、マイキーが言う。


「あんた一体、何者なんだ?」


ごほんと咳ばらいをして老人が口を開く。


「わしは賢者という者じゃ。この街の路地裏でハルと出会ったのだが、おぬしらは転生者じゃろう?」


マイキーが目を見開き

「どうしてそれを知ってるんだ?」

と老人に訊ねた。


茶色いモンスターから視線を外すことなく、賢者が答える。


「わしは賢者じゃ。知らないことなどない。元の世界のおぬしは警察官、白髪のおぬしは学生で、ハルの同級生じゃ」


「…私は?」


ツキが尋ねた。


「おぬしはずっとこの世界の住人じゃ」


「そっか…」


ほっとしたのか、ツキが胸を撫で下ろす。


「何でも知っているなら、黒崎がどこにいるのか教えろ。奴も俺達と同じようにこの世界に転生したのだろう?」


ハルが賢者の胸元をつかみ言った。


「おぬしが冷静になってから答えよう」


ハルが眉をひそめ、賢者から手を離す。


老人が小さくうなずき、口を開く。


「お前の言う通り、黒崎という青年は転生しておる。しかし、わしが言えるのはそれだけじゃ」


「ふっ…。あんたが言わなくてもわかる。黒崎は魔王だ…。奴は人を支配するクズだ。この世界でも全ての者を支配しているに違いない」


「黒崎という青年を殺すつもりなのか?」


マイキーがハルに訊ねた。


「ああ。どちらにしろ殺す予定だったんだ。魔王をこの手で殺して、力と名誉を手に入れ、その上、黒崎に復讐できる。まさに一石二鳥だ。ははははは!!」


ハルがテーブルの椅子に乱暴に腰掛け、目の前の少女を見る。


「ツキ、お前は黒崎を引き寄せる餌だ。俺と一緒に来い」


「やだ…嫌だよ、そんな…」


ツキが首を振り言った。


シラキがツキの前に立ち、ハルに歩み寄る。


「山本。彼女の代わりに僕が一緒に行く。だから、もう皆を傷つけるのはやめてくれ」


「シラキ!ばかな真似はよせ!」


マイキーが青年を引き留めようと声を上げた。


「マイキーさん。僕は間違いを犯しました。僕はこうすることでしか、罪を償うことができない」


ハルがシラキの首をつかみ、賢者に向かって声を荒げる。


「今すぐ、魔王の城に俺たちを飛ばせ!あんたならできるはずだ!」


「…仕方あるまい。これも運命なのかもしれん」


「やめて!」


ツキが叫ぶ。


「待て!」


マイキーがシラキの足をつかんだ。


その瞬間、賢者の魔法が発動し、目が開けられないほどの眩しい光が周囲を包み込む。


しばらくして、ツキがゆっくり目を開いた。


少女の周囲には誰もおらず、荒された部屋の中はがらんとしている。


「…シラキ?マイキー、ハル?みんなどこに行ったの?」


ツキは魔法を使ったであろう老人の姿を探すも見つからず、その場に膝をつく。


「まさか、みんな魔王のところに行ったんじゃ…」


テーブルの椅子の近くにあるシラキのリュックを見つめ、ツキが瞳を潤ませる。


「…今のすごい光、あんたがやったの?」


玄関から入ってきたキッドがツキに尋ねた。


「っ…」


赤い髪の女から殺気を感じ、ツキが息を詰まらせる。


殺気に満ちた女の白いシャツは赤い血で汚れており、手には小型ナイフを持っていた。


彼女の両耳にぶら下がっている赤い薔薇のイヤリングを見て、ツキが息を呑む。


おそらく、目の前の女はハルの仲間なのだろう、そうツキは思った。


赤い髪の女は無表情でツキに歩みより、少女の首にナイフを当て

「あんたからハル様とマイキーの匂いがする…」

と眉をひそめた。


「あ…、服…、血…が…」


あまりの恐怖でツキはうまく声を出すことができない。


張り詰めた空気の中、キッドがナイフを捨て言った。


「服についた血は自分のだから安心して」


「え…?」


「やけどの跡が痒い時、痛みを与えるとおさまるの。

だから、無意識に引っ掻いちゃうんだよ」


キッドが血が付いたシャツをまくり上げ、体についた傷跡をツキに見せる。


「…ひどい」


うっすらと血が滲み出ている痛々しい傷跡を見て、ツキがつぶやいた。


部屋の奥にあるテーブルの上に並べられたイヤリングを指差し、キッドが尋ねる。


「あそこにあるイヤリング、ハル様にプレゼントしてもらったイヤリングに似てるんだけど、あんたが作ったの?」


ツキが小さくうなずき

「そうだよ」

と声を震わせ言った。


キッドが怯える少女に優しく語りかける。


「ここで何があったのか説明して」


傷だらけの女に同情を抱いたツキが口を開く。


「全部話す。その前にあなたの傷の手当てをさせて…」


「…わかった」


キッドがテーブルの椅子に腰掛けた。


ツキは急いで寝室へ行き、救急箱を手に女の元へと戻ってくる。


そのままキッドのそばにある椅子に座り、少女が女の腹の傷に薬を塗っていく。


粘り気のある液体状の薬が傷に沁みたのか、キッドが顔を歪めた。


「これでもう大丈夫…」


薬を塗り終えたツキが救急箱の蓋を閉め言った。


キッドが胸元までまくり上げていたシャツを下におろし、ツキの頬に手を当て言う。


「ありがとう」


赤い髪の女の行動に戸惑いながらも、ツキが言った。


「どういたしまして」


静かな部屋の中、変な緊張感を抱きつつ、ツキが事の経緯を説明する。


その話のあいだ、キッドはツキから視線を外すことなく、黙って聞いているようだった。


しばらくして女が口を開く。


「なるほど。その賢者ってじじいが皆をどこかに飛ばしたのか…」


「うん。ハルがね、黒崎って人が魔王かもしれないって、そう言ってたから…。

 みんなその人のところに飛ばされたんだと思う」


「ふーん、じゃあ、飛ばされた先は魔王の城か…」


「…たぶん」


来る者を拒むと言われている断崖絶壁。


その崖の頂上に魔王の城があるという話は有名で、誰も知らない者はいない。


それでも、一度は入れば生きて戻れない城に入る者はおらず、住民たちは魔王の悪事を黙認するしかなかった。


もしかすると、シラキたちは戻ってこないかもしれない。

そう思い、ツキが不安そうにつぶやく。


「今すぐ魔王の城に向かわないと、みんなが…」


「大丈夫」


キッドがツキの体を抱き寄せ言った。


戸惑いながらも少女が訊ねる。


「何か、いい案があるの?」


口角を上げたキッドがツキの頭を撫で言う。


「宿屋に行けばわかるよ」


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