第29話 純粋だった青年

ツキの自宅リビング。


シラキの目の前、勇者のような格好をした長髪の男が一人、腕を組み立っている。


「ツキ、俺が探してる茶色いモンスターはまだ見つからないのか?」


ハルが眉間にシワを寄せ、ツキに詰め寄った。


「見つけたよ。さっき、うちの店に来た…。

言われた通り、ハルの元へ向かわせたんだけど、

入れ違いになっちゃったみたいだね…」


ツキは事の経緯をハルに全て話した。


本物の勇者が自分の元に向かっていると知り、ハルがにやりと口角を上げる。


「ちょっと待って。君は偽の勇者の仲間なの?」


シラキが不安そうな顔でツキを見る。


「ううん。私はただ、茶色いモンスターを見つけたら

知らせるよう彼に頼まれただけ」


ツキが首を振り言った。


少女の言葉にほっと胸を撫でおろし、シラキがハルに訊ねる。


「キッドという名の黒魔術師はどこだ?」


「彼女は宿屋で寝ている。それより、お前のことを教えろシラキ。

お前は転生者なのだろう?」


ごくりと息を呑み、シラキが重い口を開く。


「僕は白木優也だ。あんたは、山本春…なのか?」


「ふっ…」


ハルがシラキの首をつかみ、青年の体を壁にたたきつけた。


「っ…がはっ!」


シラキがその場に倒れ込み、激しく咳き込む。


「ちょっと、やめなよ!」


ツキがハルの腕をつかみ言った。


「お前はもう用済みだ。消えろ」


男の気迫に押され、少女が男から手を離す。


男は、立ち上がろうとするシラキに歩み寄り、青年を見下ろす。


「なぁ、白木…。お前は黒崎が怖くて奴に逆らえなかったのだろう?違うか?」


「そうだ・・・」


シラキが立ち上がり、壁にもたれかかる。


ハルが笑いながらキッチンへと向かい、

「なら、一緒に黒崎を探そう。奴を見つけ、奴を殺し、奴に復讐するんだ!」

とナイフを手に取り、それを振り回して見せた。


ツキが目に涙を浮かべ、シラキの方に駆けよる。


少女をかばうようにシラキが彼女の前に立ち、

「大丈夫、何があっても守るから安心して」

とツキをなだめた。


バンという音と共に、玄関から茶色いモンスターが家の中へと入ってくる。


「二人を傷つけるな!」


リビングに入るや否や、マイキーが手に持っていた小瓶をハルに投げつける。


投げた小瓶がナイフに当たり、ハルの手からナイフが落ちる。


落ちたナイフを拾い上げ、シラキがその刃先をハルに向けた。


「マイキーさん。彼は、空き地で黒崎にいじめを受けていた男子生徒、山本春です」


シラキが唇を震わせ言った。


「まさか…、お前も転生者なのか?」


茶色いモンスターに近づき、偽の勇者が眉間にシワをよせる。


黒崎の被害者である青年を前に、マイキーは苦しそうな表情で自分はあの時の警察官なのだと伝えた。


「…警察官なのに、肝心な時に動けないんだな」


鼻で笑いながらハルがマイキーを見下ろす。


「…どういう意味だ?」


マイキーが訊ねた。


「トラックが空き地に突っ込む前、あんたはあの女子生徒を守れなかった」


ハルがため息をつき、マイキーを鷲掴みにして、そのまま壁へと叩きつけた。


「マイキーさん!」


シラキが叫んだ。


全身に痛みを感じながら、マイキーが立ち上がり

「お前はあの時、俺が助けなかったことを恨んでいるのか?」

とハルに訊ねた。


「恨んでなんかいない。セレナを川に突き落としたこともあんたとは無関係だ」


「なら、どうしてそんな事を…」


マイキーの問いにハルが答える。


「彼女はそうだな…、ただ邪魔になったから消そうとしただけだ」


「っ…ふざけるな!お前のせいで彼女は記憶喪失になったんだぞ!」


マイキーが床を蹴り、ハルに体当たりする。


しかし、攻撃は外れ、マイキーはひとり床に倒れ込んだ。


「哀れだな…」


ハルがつぶやく。


「その姿になってよくわかっただろう。外見が違うだけで人生は大きく変わるんだ。 俺は前の世界からここに来て、一から人生をやり直せる、そう思っていた」


「……」


マイキーとシラキはひどい虐めを受けていたであろう青年の言葉に耳を傾ける。


「ここに来て最初に自分の姿を見た時、俺は神様なんていないんだって、そう思った。転生したら人生が好転するなんて、そんなの夢物語に過ぎない。

冴えない人間から茶色いモンスターになった俺は行くあてもなく彷徨い続けた。

村を見つけては村人に拒絶され、街に入ればゴミを見るような視線を向けられ、大勢の人間から理不尽な暴力を受ける、そんな日々だった…。

死に場所を探していたある日、お前らと出会い、俺は新しい体を手に入れたんだ」


マイキーが下唇を噛んでつぶやく。


「キャロラインから聞いた。全てはキッドがやったことだって」


「ふっ、なら話が早い。彼女は俺の味方だ。つまり、キッドが俺を裏切らない限り、お前も俺も元の姿に戻ることはない」


「いや、説得すればキッドは応じてくれるはずだ。キャロラインの姿だって、元の姿に戻して…」


「はははははは!」


ハルが大口を開けて笑う。


「なにがおかしい」

とシラキが眉をひそめる。


「いや、何となく予感はしていたんだ。キッドがあの小娘に何かしたんだろうって…。それで?どんな姿に変えられたんだ?芋虫か?それとも、醜い豚か?」


「お前…」


シラキがハルを殴ろうとしたその時、マイキーの拳が金髪男の頬にクリーンヒットする。


その衝撃で体勢を崩したハルが床に膝をついた。


「っ…きさま…、よくも…」


「そこまでじゃ」


玄関の方から声が聞こえ、マイキー達が扉の向こうに目を向けた。



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