第28話 ツキの自宅にて

ツキの店から歩いて5分くらいのところに彼女の自宅はあった。


ログハウスのような見た目の家には明かりはついておらず、中には誰もいないように見える。


玄関の扉を開け、ツキが家の中に入っていく。


「どうぞ、中に入って」

とツキがシラキに手招きした。


「お邪魔します」


青年が家の中へと入り、玄関の扉を閉めた。


家の中は綺麗に片付けられており、リビングにある本棚には難しそうな本がたくさん並べられていた。


その部屋の中央には木で作られた大きなテーブルがあり、テーブルを囲うようにいくつか椅子が並べられている。


「そこに座って」

とツキがテーブルの椅子を指差し言った。


「わかった」


背負っていたリュックをおろし、シラキが近くの椅子に腰掛ける。


ツキは一人、台所へと向かい、作り置きしてあった特製ドリンクを可愛らしい花柄のティーカップに注いでいく。


紅茶のような色をした飲み物の香りを嗅ぎ、納得したようにツキが小さく頷いた。


お手製の飲み物が入ったカップを片手に少女がシラキのところに戻ってくる。


「それは?」


シラキがティーカップを見て尋ねた。


「これは、とっても美味しい飲み物だよ。飲んでみて」

とツキがシラキに飲み物を手渡した。


甘い匂いが香る謎の飲み物。


青年がそれを一口飲んで

「…甘い、紅茶のような味がする」

と感想を述べる。


「美味しいでしょ?」


ツキが嬉しそうな顔で言った。


その顔を見て、シラキが微笑み

「本当においしいよ」

と言いながら、飲み物を飲み干していく。


青年の足元に置かれたリュックを見つめ、ツキが口を開く。


「私、結構鼻がきくからわかるんだー。君のバックの中には人の血が染み付いた何かが入ってる…」


「あぁ。殺された人の服だよ」


躊躇することなくシラキが言った。


「理由は?」


ツキが尋ねた。


シラキは、自分の衝動を抑えるために血のついた服を持ち歩いていることを少女に伝えた。


ツキが気まずそうに目を伏せ、尋ねる。


「その人間を殺した犯人は、捕まったの?」


「いや、まだ捕まってない。だけど、僕はその犯人を知ってる」


「誰?」


「魔王だよ」


長い沈黙。


ツキがシラキの側に歩み寄り、近くの椅子に腰を下ろした。


目に光を点すことなく、シラキが口を開く。


「魔王は僕が住んでた村を焼け野原にして、村人たちを殺して回った。本来、僕も奴に殺される運命だったんだ。だけど、偶然街に来ていた女性が僕を守ってくれて…、それで、命からがら逃げ出したんだ」


「じゃあ、そのリュックの中に入ってる服は…」


「そう。僕をかばって命を落とした女性の服だ。お互い名前も知らないのに、彼女は僕を守ってくれた。最初は形見として持っていたんだけど、いつの間にか、自分の衝動を抑えるものに変わってた」


「そこまでして、ずっと我慢することに何の意味があるの?人の血を飲んだって、その人は死ぬわけじゃない」


ツキが訴えかけるように言った。


「人の血を飲んでいる姿をみんなに見られたくないんだ。それに…」


「それに?」


「僕は吸血鬼じゃなく人間だって、みんなにわかってほしいから…、

人の血を飲むわけにはいかない」


今にも泣き出しそうな青年の目を見つめ、ツキがシラキの体を抱きしめる。


少女の体の温もりを感じながら、シラキはそっと目を閉じていく。


しばらくして首筋に変な痛みを感じ、シラキが目を見開いた。


「あの…」


痛みはないものの、明らかに血を吸われていると青年は思う。


「ツキ。君は…、吸血鬼なの?」


口元についた血を手で拭いながら、少女が首を振る。


「違う違う。私はただの人間だよ」


「?人間なのに、どうしてこんなこと…」


シラキの言葉にツキが頬を赤らめる。


「その…、私って変人だからさ、君の血の味が知りたくて…。それで、興味本心で噛みついただけ。でも、おかしいなぁ。さっきの特殊ドリンクで痛みは感じないはずなんだけど…」


「痛くはないけど、くすぐったい。

というか、麻酔ドリンクを飲ませるなんて…どうかしてるよ」


シラキが顔を歪ませ言った。


「ごめんね」


少女が苦笑いをする。


少しの沈黙の後、ツキが

「次は君の番」

と言って自分の首元をシラキに差し出した。


ごくりと息を呑み、青年が口を開く。


「人間も人の血を飲むのだから、僕も人の血を飲んでいいって、君はそう言いたいんだろう?」


ツキが頷き、照れくさそうに目を伏せる。


「悪いけど、僕は人の血は飲まないって、そう決めてる」


シラキが椅子から立ち上がり、自分のリュックを背負い、少女に背を向けた。


「それじゃあ、もう行くよ」


「待って。まだ話は終わってない」


少女がシラキの前に回り込み、青年の顔を見る。


「…なに?」


シラキは戸惑いながらも、ツキと視線を合わせる。


少女が目に涙を浮かべ、シラキの胸に飛び込んだ。


「私みたいに本能のままに生きてって、私はそう言いたいの…」


「・・・・・・」


沈黙。


高鳴る心臓の音を押さえながら、シラキがツキの首元に顔を近づけていく。


ガチャ。


玄関の扉が開き、誰かが家の中に入ってくる。


恐る恐る、シラキが顔を上げ玄関の方に目を向けた。


「なっ…、あなたは…」


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