第26話 薔薇のイヤリング

二つベッドが並んだこじんまりとした部屋。


その部屋の奥にあるベッドの上、キッドが横たわり寝息を立てている。


彼女の顔を覗き込み、ハルが言った。


「疲れてたんだな・・・」


ベッドの上、キッドが薄く瞼を開け、つぶやく。


「ハル様、おかえりなさい・・・」


目線を外すことなく、二人はお互いに見つめ合う。


キッドが頬を赤らめ男の手を掴み、その手を自分の首に当てた。


「ハル様・・・私の首を絞めて?」


ハルが小さく首を振り言う。


「そんなこと、できるわけがない」


「どうして?」


「お前が苦しむ姿は見たくない」


「じゃあ、私がしてあげる」


「なっ!?」


キッドが男をベッドに押し倒し、両手で首を掴んだ。


しかし、その首は絞まっておらず、ただ手を当てているように見える。


自分の身体の上で馬乗りになる女性を前に、ハルが小さく息を吐き口を開く。


「お前は一体・・・何がしたいんだ?」


「ハル様、私は・・・普通の女じゃないんです。

それを、あなたに知ってほしいの・・・」


キッドが勇者から手を離しベッドから降りる。


女はそのまま上着を脱ぎ、薄い服の裾を胸の下まで捲り上げた。


キッドが自身の腹部を見せる様にハルの前に立ち、顔を伏せる。


「・・・・・」


ベッドの上で上半身をおこした男が口を押さえ息を呑んだ。


キッドの腹部には複数の火傷の跡があり、古傷のようなものが多数見えた。


自分の腹の中央にある大きな火傷の跡を指差し、キッドが声を震わせる。


「これは黒魔術の試練だと教えられ、父につけられた傷です。

その横にある小さな傷は母が・・・、その他の傷は村人たちがつけたものです」


少しの沈黙の後、ハルが呆れた様子でキッドを見た。


「だから何だ? 自分は可哀想な人間だと、そう言いたいのか?」


キッドが首を横に振り、ハルがいるベッドに腰掛けた。


「私の体に新しく傷をつけてほしいんです。お願いできますか?」


「何を馬鹿な事を・・・」


真剣な眼差しで見つめるキッドから視線を逸らし、ハルが続ける。


「お前はもう黒魔術を習得しているのだろう?

そんな事をして、何の意味があるっていうんだ」


「意味はありません、ただ・・・」


「ただ、何だ?」


「タトゥーみたいなものです。愛する人につけてもらった傷と共に生きる・・・。 私はそれを望んでる。だから、お願い・・・」


ハルが髪をかきあげ鼻で笑う。


「馬鹿らしい。そんなくだらない事に付きあっている暇は・・・っ」


突然、キッドがハルの耳朶を噛んだ。


「っ・・・!」


驚く男を見て、キッドが俯き言った。


「どうすれば、私に傷をつけてくれるの?」


どうして彼女がそこまで懇願するのか、ハルには理解できなかった。


それでも、キッドを仲間として大切に想っている気持ちに嘘はなく、 彼女の望みを叶えてやりたいと勇者は思う。


他の宿泊客が帰って来たのだろう、

扉の外からがやがやと人の話し声が聞こえてくる。


ハルはごくりと唾を飲み、キッドの肩を掴むと同時に腹に手を当てた。


男は手のひらにぬくもりを感じながら、彼女のお腹を優しく撫でていく。


「ハル様・・・」


キッドが瞼を閉じて言った。


しばらくして、ハルが彼女から手を離し部屋を後にする。


心臓の鼓動が早くなっていくのを感じ、勇者は一人、街へ出ることにする。


時おり吹く柔らかい風を頬に感じながら、ハルが呼吸を整える。


「かっこいい♡」

「いけめん♡」

「素敵・・・♥」


街行く人の声が騒音のように聞こえ、ハルが顔を顰める。


そのまま真っ直ぐ足を進めた先に市場が見えた。


ふと、キッドに何かプレゼントできないだろうかと思い、

ハルは一人、市場に入っていく。


閑静な市場の中、ハルは目に留まったアクセサリー屋で 足を止め、

店の前の机に並べられたイヤリングを1つ手に取る。


赤いバラの模様が描かれているそのイヤリングは太陽の光に当たる度にキラキラと

輝きを放っていた。


「おにいさん。それ、恋人にプレゼントする感じ?」


金髪ツインテールの美少女がハルの顔を覗き込む。


少女は年齢16歳くらいで学生服のような衣装を身に纏っていた。


淡い紺色のスカートを翻しながら少女が言う。


「恋人にプレゼントするならピッタリだと思うんだけど、買うの?買わないの?」


男が上着のポケットから小銭を取り出し、少女に差し出す。


「これで、足りるか?」


「15ルピー?全然足りないよ~」


「・・・いくらだ?」


「30ルピー」


「・・・・・・」


ハルがポケットに小銭を戻した。


男が薔薇のイヤリングをテーブルの上に戻し、その場を後にしようとした

その時。


「待ったぁぁぁ!」


少女がハルの腕を掴んだ。


「おにいさん、名前は?」


「・・・ハルだ」


「私はツキ、よろしくぅ!」


「お前と仲良くする気はない」


ハルがツキの手を振り払い言った。


目の前の男が欲しいであろう薔薇のイヤリングを掴み、ツキがにやりと口角を上げる。


「このイヤリングが欲しいなら、その髪の毛・・・一本頂戴☆彡」


少女がハルの髪を指差し言った。


「かまわないが・・・、何に使う気なんだ?」


ハルが髪の毛を一本抜き、それをツキに手渡す。


金色に輝く髪の毛を手に入れ、少女が満足そうに頷いた。


「何も使わないよ。ただ集めてるだけ~」


試験管のようなガラス容器に髪の毛を入れ、蓋を閉めながら少女がつぶやく。


「これで、また一つ増えた・・・」


ハルが気味悪そうに口を歪める。


「人の髪の毛を集めるなんて悪趣味だが、まぁいい。

さっきのイヤリングをよこせ」


「はいはい、まいどありー」


ツキから薔薇のイヤリングを受け取り、その場を後にしたハルは、もう一度宿屋に戻ることにする。


しばらくして、宿屋の部屋に到着し、閉じられた扉の前でハルは深く深呼吸をした。


そのままキッドの喜ぶ顔を思い浮かべながら、ドアノブに手をかけ、扉を開ける。


部屋の奥。窓辺に立っていたキッドが振り向き、男の顔を見る。


ハルが出かけている間に服を着替えたのだろう、

キッドは大きめの白いシャツを着ており、下はショートパンツ姿だった。


「ハル様・・・。どこに行ってたんです?」


「・・・これ、受け取ってくれないか?」


男が薔薇のイヤリングを彼女に手渡す。


キラキラと光り輝くイヤリングを受け取り、キッドが嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます。すごく綺麗・・・」


両耳にイヤリングを着け、キッドが人差し指でそれを揺らしてみせた。


赤い薔薇のイヤリングは彼女の 赤い髪に馴染んでいるのか全く違和感がなく、キッドの為に作られたように思えた。


「似合ってますか?」


あどけない笑顔を浮かべる女性にハルが微笑みかける。


「あぁ、とても似合ってるよ」


誰の邪魔も入らない空間の中。


お互いの気持ちを確かめ合う様に二人は手を繋ぎ、

見つめ合うのだった。




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