第25話 路地裏の賢者

「はぁ、はぁ、はぁ、勇者様・・・」


キッドが息を切らしながら偽の勇者の服の裾をつかんだ。


深い森をぬけた先、キッドと勇者は大きな街に辿り着く。


天気は快晴。

空の向こうには青空が広がっていた。


街の入り口の門の前、沢山の人がキッドと勇者の前を通り過ぎていく。


ある女性は横目で勇者の顔を見て頬を赤らめ、

またある女性は美しい男の顔をまじまじと見つめていた。


「勇者様。この街で休んでいくのでしょう?早く宿に行きましょう」


遠くの方から勇者を見つめる女性を横目で睨みつけながらキッドが言った。


「キッド・・・。今さらなんだが、お前に言っておきたい事がある」


勇者が真剣な眼差しで赤い髪の少女を見つめ言った。


「何ですか?」


「俺の本当の名はハルだ・・・。

勇者じゃなく、これからはその名前で呼んでほしい・・・」


「・・・・」


「どうした?」


キッドが俯き口を開く。


「どうして、私に本当の名前を教えてくれるのです?」


女性の問いにハルが口に手を当て言った。


「・・・わからない」


期待する答えではなかったのだろう、キッドが眉をひそめ

「先に宿に行くので、後で来てください」

と言って、街の中へと消えていった。


キッドが去ったのを見るや否や、 街の女性たちがハルの腕にからみつき、口々にさ沿い文句を口にする。


「お兄さん、私が街を案内してあげる♡」

「私の方が色々と詳しいから、私と一緒に行きましょ?」

「待って!私が先に案内するわ」

「わたしも一緒に行きたい!」


鬱陶しいと言わんばかりの表情でハルが女性たちを払い除ける。

それでも、彼女たちは怯むことなく、ハルを追いかけ続けた。


男は全力で街の中を走り抜け、路地裏に入り、倒れ込むように 壁にもたれかかった。


「はぁ、はぁ、はぁ・・・。鬱陶しい奴等め・・・。

俺の姿がうんこのままだったら、近付きもしないだろうに・・・」


「そなたは、何者じゃ?」


裏路地の奥の方から声が聞こえた。


不思議に思い、ハルがその声の方へ足を進めていく。


ハルの視線の先、行き止まりになっている道の手前。

木製の椅子に腰掛けた老人がじっとこちらを見ていた。


老人は足が悪いのだろう、椅子に座っているものの、

両手で杖を持ち、それを地面に突き立てていた。


老人の髪は白く、その髪は腰辺りまで伸びている。

それと相対するように口ひげも白く、長く伸びていた。


年老いた老人の目は細く、開いているのか 、閉じているのかさえ分からない。


その男は長いローブを身に纏っており、賢者のような雰囲気を漂わせていた。


ぐっと息を呑むハルを前に老人が訊ねる。


「もう一度聞く。そなたは、何者じゃ?」


「・・・俺は勇者だ」


ハルは小さな声で答えた。


老人が長く伸びた髭を手で撫でながら言う。


「それは本当のおぬしではない」


「・・・・・・」


老人の言葉にハルが悔しそうな顔でうつむき、訊ねた。


「あんたこそ、何者だ?」


「ワシは賢者という者じゃ。本当の名前はとうの昔に忘れてしまった・・・。

おぬしの名前は?」


「・・・ハルだ」


「いい名じゃの。桜の景色が目に浮かぶ、美しい名じゃ」


穏やかな賢者の声にハルの目から邪気が 消えていく。


「じいさん。本当の俺がどんな奴なのか分かるのか?」


恐る恐るハルが賢者に訊ねた。


「Zzz...」


「おい・・・」


「おっとすまん!今日は気候が穏やかじゃろう?こんな日はついつい転寝をしてしまうんじゃ・・・」


「・・・・はぁ」


自由すぎる老人を前に、ハルがあきれたように小さくため息をついた。


賢者が咳払いし話を戻す。


「そうじゃな・・・、本当のおぬしは人の痛みが分かる。

繊細な心を持った青年じゃ。しかし、旅をする道の過程で何かあったのか、 間違った強さを手に入れてしまったのか、今のおぬしは別人のように見える・・・。

しかし、幸いにも本質は変わっていないみたいじゃ」


「じいさん、あんたは何も分かっちゃいない。

俺はもう昔みたいに弱くない、誰もが羨む外見と力を手に入れたんだ。

本質が変わっていないなんて、笑わせるな」


「…まぁ、そのうちおぬしにも分かることじゃ。焦らずのんびり生きれば良い」


魔王を倒して最強の勇者になるという目的がある以上、

のんびりはしていられないとハルは思う。


それでも、この街で新しいメンバーを探すのも悪くない。

そう思い、ハルが訊ねる。


「・・・あんた、いつもここにいるのか?」


「あぁ。晴れた日にはここでのんびりしとるよ」


「そうか。なら、また会おう」


賢者に背を向けハルが言った。


そのままハルは賢者と別れ、路地裏を後にする。


その足で宿屋に向かい、ハルはキッドが待っているであろう

部屋の扉を開けた。


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