第22話 真夜中の秘密

月明りが照らす真夜中。


ぼんやりと広がっている暗黒の空には小さな星が顔を出している。


「寒くない?」


深い森の中、パチパチとたき火が燃える様子を見つめながら

シラキが隣にいるキャロラインに尋ねた。


たき火を囲う様にして湿った地面に腰を下ろしている二人は、

行く当てのない迷子の子供のように見えた。


「私は平気・・・。それより、この服・・・。

もう乾いたんじゃない?」


たき火の近く、地面に突き刺した木の棒にかけられた上着を手に取り、

キャロラインが言った。


乾いた服をキャロラインから受け取り、

「ありがとう」

と言って、シラキが服に腕を通していく。


キャロラインは悲しそうな顔で乾いた自分の上着をとり、

窮屈そうに着替え始める。


それを見ていたシラキが苦笑いをしながら、キャロラインに提案する。


「この森を抜けた先にある街で新しい服を買おう」


少しの沈黙の後、キャロラインが口を開く。


「・・・・うん」


キャロラインが悔しそうな顔で視線を自分の胸元に移した。


元々小さかった胸がさらに小さくなり、

下半身には常に違和感が張り付いていた。


もう二度と、自分は元の体に戻れないかもしれない。

そう思う度に少女はひどく絶望した。


目の前の少女を宥める様にシラキが口を開く。


「キャロライン・・・、少し眠ろう。

偽の勇者達を追うなら、ここで朝まで休んでおいたほうがいい」


シラキが乾きかけている地面に横たわり、

両手を頭の後ろに当てた。


パチパチとたき火の音が響く中、

遠くの方でふくろうの鳴き声が聞こえた。


それをBGMにするようにシラキがゆっくりと目を閉じ、

やがて眠りに落ちていく。


キャロラインも疲れているのだろう、

大きなあくびをしてその場に横たわった。


「・・・・・・」


ふと、キャロラインがシラキの側に横たわるリュックに目を向けた。


馬の革で作られたリュックの中には飲み物や食べ物が入っているのだろう、

適度な膨らみがあった。


ゴクリとキャロラインが唾を飲み込む。


夕方に大きな魚を食べたものの、

キッドの魔法によって男性の体に変えられてしまった

キャロラインは空腹だった。


耐えられないほどの空腹ではなかったものの、

キャロラインはシラキのリュックに手を伸ばす。


シラキはそれに気付いていないのだろう、

草の上で寝返りをうちながらスヤスヤと寝息をたてていた。


キャロラインはシラキを起こさないように、

リュックの紐をほどき中身を覗き込んだ。


「えっ?なに・・・これ・・・」


キャロラインがつぶやく。


リュックの中には女性ものの下着や衣服が詰め込まれていた。


キャロラインは眉をひそめながら白いワンピースをリュックから引きずり出し、

両手で広げてみせた。


そして、それをたき火の明かりに照らして見る。


真っ白なワンピースの胸元には、

古い血液のような黒いシミがこびりついていた。


「・・・・・どういうこと?」


恐怖と気持ち悪さを感じ、キャロラインの体が震えはじめる。


少女は嗚咽を漏らしながら汚れたワンピースをリュックの中に戻し、

その口を閉めた。


震える体を押さえながら、

キャロラインがシラキの方を見る。


地面に仰向けで目を閉じている青年がにやりと笑った。


「勝手に人のものを漁るなんて、君は泥棒か何かかい?」


「・・・・ごめん・・・なさい・・・」


キャロラインが目を見開き、唇を震わせ言った。


シラキが上半身を起こし、たばこを吹かす様にため息をついた。


「君が勘違いしないよう言っておく、僕は誰も殺してない」


「・・・じゃあ、そのリュックの中にある服は・・・何?」


キャロラインがシラキのリュックを指差し言った。


やれやれというようにシラキが首を左右に振る。


「これは、誰かに殺された人の服だ。

街の人に無料で譲ってもらったんだよ」


「ちょっと待って!どうしてそんなものっ・・・」


月の光に照らされながらシラキが口を開く。


「僕は吸血鬼と人間のハーフなんだ。

血の染みついた衣服の匂いで衝動を抑えないと、まずいことに

なる。だから、いつも持ち歩いてるってわけ」


自分の目の前の男が人間ではないと知り、

キャロラインがひどく動揺する。


シラキの口元をよく見ると、小さな牙が見え隠れしていた。


「きゅっ、吸血鬼なら、日に当たったら死んじゃうんじゃ・・・」


キャロラインが瞳を潤ませ言った。


その姿を見て、シラキが高笑いする。


「平気だよ。純粋な吸血鬼ならそうだけど、

僕には人間の血が入ってる。だから、日に当たっても問題ない。

まぁ、日焼けするのは嫌だから避けてはいるけどね」


呑気に笑う青年に安心したキャロラインが肩を撫で下ろす。


たき火の炎の勢いが弱まっているのを見て、

シラキが近くに落ちていた枝を火の中に投げ入れた。


長い沈黙の後、キャロラインがつぶやく。


「勇者様、今頃どこで何をしてるんだろう・・・」


突然、懐中電灯のような光が二人を照らし、

キャロラインとシラキが目を細めた。


「ちょっと、何!?」


キャロラインが声を荒げた。


「お前達、こんなところで何をしてるんだ?」


聞き覚えのある優しい声。

何よりも聞きたかった声の方にキャロラインが歩み寄る。


「・・・・勇者様」


愛する人を目の前に思わず声が漏れた。


キャロラインの目の前にいる男は人間ではなく、

茶色いモンスターの姿をしていた。


それでも、誰よりも会いたかった男を抱き締め、

キャロラインは人知れず涙をこぼした。


マイキ―のとなりに立っていたビッグマンが腕を組み言った。


「お前、マイキ―の仲間か?」


大柄の男の言葉にはっと肩を震わせ、

キャロラインがマイキ―から手を離す。


「ごめんなさい!そのっ・・・、なんというか・・・、

自分は勘違いして・・・」


青年の姿をした少女が声を震わせ言った。


今の自分は勇者の知っている自分ではない。

だから、初対面のように接するべきだとキャロラインは思った。


少しの沈黙の後、

セレナが勇者の背後から顔を出し口を開く。


「あなた・・・、誰かに似てます・・・。

私・・・知ってる・・・だけど、思い出せない」


かつての仲間を見てキャロラインが声を上げる。


「セレナ!もしかして、ずっと勇者様と一緒にいたの!?

私がいない間、イチャイチャしてたなら許さないから!!」


「は???」


勇者がポカーンと口を開け言った。


「あ・・・・・」


やばいと思いつつ、キャロラインが口笛を吹いてごまかした。


下手過ぎる口笛が響く中、シラキが堪えきれず笑う。


笑うなとでもいう様に、

キャロラインが頬を膨らませながらシラキを見た。


大げさに咳ばらいをし、シラキが口を開いた。


「君が言えないなら、僕が言うよ。

勇者さん、彼は・・・、いや、彼女はキャロラインだ」


堰を切ったようにキャロラインが声を震わせ

「こんな姿で・・・、信じるわけない・・・・」

と言った。


キャロラインの主張を否定するように、マイキ―が黒髪の青年に歩み寄る。


「キャロライン・・・。何があっても、俺はお前を信じる。

だから、本当の事を話してくれ」


マイキ―の言葉に大粒の涙をこぼしながらキャロラインが泣き崩れる。


仲間たちが見守る中、

マイキ―は何も言わず、肩を震わせる青年の頭を優しく撫でるのだった。




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