第21話 心が壊れた日

「うっ・・・・」


薄暗い洞窟の中、勇者が目を覚ます。


悪夢にうなされていたのか、

勇者の額には汗が滲んでいた。


「んっ・・・、勇者様?」


勇者の隣で眠っていたメルシーが上半身を起こし、

隣にいる男の方を見た。


勇者の顔色は青ざめており、

見るからに体調が悪そうに見えた。


「勇者様・・・、もう少し休んだ方がいいんじゃない?

こんな夜中に森を抜けるなんて無茶だよ」


洞窟の入り口にいたキッドが

心配そうな顔をして勇者に歩み寄る。


勇者はキッドの気遣いを振り払うように、

ぐっと足に力を入れ、立ち上がった。


「黙れ・・・。こんな所でゆっくりしていられるか。

今すぐ出発するぞ」


勇者の言葉に納得ができないキッドだったが、

何を言っても聞き入れないだろうと思い、

固く口を閉じる。


「あれ?キャロラインがいないわ・・・」


周囲を見回し、メルシーが言った。


勇者が洞窟内を見渡し、それから洞窟の外へ出た。


彼に続くようにメルシーも外に出てキャロラインの姿を探すも

彼女の姿はどこにもない。


しばらくして、勇者とメルシーが洞窟の方に戻ってくる。


「キッド?」


メルシーがつぶやいた。


メルシーの視線の先、

洞窟の入り口付近で座り込んでいたキッドが肩を震わせ泣いている。


「どうした?キャロラインのこと、何か知っているのか?」


勇者が地面に膝をつき、キッドの肩に手を置き言った。


一人で何かを抱え込んでいるであろう、赤い髪の女性を見て、

勇者は何か力になりたい、そう思った。


勇者とメルシーが見守る中、

呼吸を整えながらキッドが口を開く。


「っ・・・、キャロラインは・・・、

急に苦しみだして・・・、どこかに走り去っていった・・・。

あの子・・・、体中に紫色の斑点があったから、

たぶん、毒か何かに侵されたんだと思う・・・」


「なんだと!?」


勇者が声を上げた。


キッドが心の中で笑みを浮かべ、話を続ける。


「毒の魔法を使えるのは一人しかいない・・・。

メルシー・・・、お願いだから理由を教えて・・・。

どうしてキャロラインにあんな・・・ひどい事をしたの?」


「ちょっと待って!わたくしは何もしてない!

きっと、彼女は何かの毒にあたって・・・」


「何かの毒?食べた魚の事を言っているなら、俺達だって食べただろう?

それなのにキャロラインだけ毒に侵されるなんて、

魔法以外に何があるっていうんだ?」


勇者が立ち上がりメルシーに詰め寄る。


メルシーは目を見開き、首を横に振った。


「勇者様!信じてください!わたくしは何もしていません!」


「・・・・・・・・」


目の前の女性の言葉を信じていいものかと、

勇者が頭をかかえた。


長い沈黙。


キッドは足元で動いていた虫を見て、にやりと笑った。


何かを思いついたのだろう、

キッドが黒い虫を掴み、それを勢いよくメルシーに投げつけた。


「きゃあああ!」


メルシーは悲鳴を上げ、無意識に魔法をかける。


魔法をかけられた虫は苦しみながら地面に倒れ込み、

そのまま息絶えた。


自分が投げた虫の死体を指差しキッドが叫ぶ。


「やっぱり!やっぱり、そうだった!」


絶命した虫の体には紫色の斑点模様が浮き上がっていた。


それは間違いなく、メルシーの魔法によるものであり、

紫の斑点模様は猛毒によるものだということは明らかだった。


眉にしわを寄せ、勇者が口を押えながら言う。


「メルシー・・・、お前とはここでお別れだ」


「勇者様!ちょっと待ってください!

キッドは嘘をついてる!

それなのに、彼女のいう事を信じるのですか!?」


立ち去ろうとする勇者の腕をつかみ、

メルシーが涙声で叫んだ。


「俺は、キャロラインと同じ目に遭いたくない。

お前の事を信用できなくなったんだ・・・、わかるだろ?」


勇者がメルシーの手をふりほどき、

「二度と俺達の前に現れるな」

と釘をさすように言った。


「そんな・・・・、わたくしは・・・何もやっていないのに・・・」


電池が切れたようにメルシーがその場に崩れ落ちた。


キッドが涙を拭いながら立ち上がり、

勇者の後ろ姿を追っていく。


心が壊れてしまったのだろう、

二人を見送ることなくメルシーがうつむき笑った。





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