第18話 異世界転生した警察官 

「綺麗だな~・・・」


パトカーの運転席。

その座席に腰かけながら、本田がつぶやいた。


車内の窓の向こうには、街の中に顔を出す夕日が見える。


「イケメンおまわりさん、こんばんわ!」


助手席の窓の隙間から、中を覗き込むように女子高生が話しかけてきた。


「あぁ、こんばんわ。って・・・、その呼び方はやめてくれって言っただろう」


本田が照れくさそうに頭を掻く。


女子高生が通っている高校の近くで不審者が目撃されて一週間。

上司から巡回パトロールを命じられ、本田はいつも通り業務にあたっていた。


馴れ馴れしくも可愛らしい女子高生は一週間前に本田と出会い、

それからというもの、少女は本田を見かけるたびに声をかけるのだった。


「ねぇねぇ、さっき不審者っぽい人を見かけたんだけど、

ちょっと一緒に来てもらっていい?」


女子高生が本田に向かって手招きした。


モデルのような体型をしたその女子高生の髪色は金色であり、

両耳にはシルバーリングのようなピアスがぶらさがっている。

若手女優だと言われてもおかしくはない端正なビジュアルは、

誰もが見惚れるほどの美人といった感じだ。


「不審者っぽい人・・・?それって、この近くか?」


本田が女子高生に尋ねた。


もしかしたら、警察が警戒している不審者かもしれない。

危険はないと思いつつ、本田の手が汗ばんでいく。


「近くても遠くても、君の頼みならどこでも行くよ、綾香。

くらい言ってくれてもいいんじゃない?」


パトカーに背を向け、綾香が不満を漏らした。


「そんなこと・・・、彼氏じゃあるまいし・・・」


本田がため息交じりに頭を抱えた。


25歳である自分が17歳の女子高生に恋心を抱くはずがない、

そう本田は思っていた。


「今は恋人じゃなくても、そのうち、そういう関係になるよ」


困惑する警察官に対して、綾香が冗談っぽく笑った。


本田は深いため息をつき、

ゆっくりとパトカーをガードレール側に寄せて停車させた。

道がそれほど狭くないということもあり、これだと他の車の邪魔にならない、

そう本田は思った。


パトカーから降り、本田が綾香に歩み寄る。


「不審者を見たところまで案内してくれ」


「わかった。ついてきて」


綾香が先導する形で本田が彼女の後ろをついていく。


そこから10分ほど歩き、二人は誰もいない林の中へと入っていった。


地面には草が生い茂っていて、道らしい道は見えない。


本田が空を見上げるも、周囲に生えている木が邪魔をしていて

視界を遮っているようだった。


「おいおい、どこまで行くつもりだ?」


本田が目の前にいる女子高生の肩をつかみ尋ねた。


綾香がピタリと立ち止まり、本田の方へと振り返る。


「・・・・・嘘をついてごめんなさい。

・・・・私、本田さんと二人きりになりたかったの」


綾香が声を震わせ言った。


不審者を見たというのが嘘だと分かり、本田は胸を撫で下ろす。

もし本当にいたとしたら、自分一人では対処しようがない。

もう一人の警察官が急病で休んでいる今、不審者に出くわしても困るだけだと

本田は思った。


「話があるなら、パトカーの中で聞く。さっきの場所に戻るぞ」


本田が綾香の手をつかんだ、その時。


「っ・・・・・」


綾香が警察官の唇にキスをした。


時間が止まったように、本田の体が硬直する。

否定する心を拒絶するかのように、男の脈が速くなっていく。


綾香が手に持っていた学生カバンを下に落とし、

本田の腰に手を回す形で彼に抱きついた。


はっと我に返った本田が頭を横に振り、口を開く。


「俺は、君の気持ちに応えられない」


「・・・・・私が未成年だから?」


「あぁ、そうだ」


「じゃあ、成人したら付きあってくれる?」


「先の事は分からない。それに、一年も経てばお互い好きな人もできてるだろう。まだ知り合って間もないんだ。付きあう相手は、よく考えた方がいい」


「・・・・・・・・」


綾香が地面に横たわっていた学生カバンを手に持ち、

走り去って行った。


きっと、彼女は泣いているに違いない。

それでも、中途半端な気持ちで少女を待たすのは酷なことだと

本田は思った。



10分以上かけパトカーの場所に戻った時には、

もう夕日が沈みかけていた。


当然、少女の姿はなく、本田は一人、パトカーの運転席へと乗り込む。


男がルームミラーで自分の顔を確認すると、

唇にうっすらと口紅の後がついていた。


本田は上着の袖で、それをふき取っていく。


「っ・・・・」


口紅が消えてもあの時の感触が消えることはないとわかり、

本田の体温が上がっていく。


自分の本音を押し殺すように、本田は強く唇を噛みしめた。


「きゃああああああああ!」


突然の悲鳴に驚き、本田が肩を震わせる。


外から聞こえたその悲鳴は他の誰でもない、

綾香の悲鳴だった。


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