第16話 逃げた先にある未来

そこそこ広い洞窟の中。


キャロライン達が調理した巨大魚を食べ終えた勇者一行は、

しばらくここで休息をとることにした。


洞窟から見える空は暗く染まり、

雨がザーザーと音を立てながら降り続いていた。


洞窟の中のたき火がパチパチと音を立てながら燃えている。


「くしゅん!」


しんとした空気の中、

キャロラインが小さくくしゃみをした。


「大丈夫か?」


勇者がキャロラインの肩に手をのせ言った。


「・・・うん。大丈夫・・・」


キャロラインが目線を下に落とし、小さく頷く。


今の勇者の中身がうんこだということを知ったキャロラインは、

自分は遠くへ逃げるべきだと、そう考えていた。


しかし、少女は偽の勇者とキッドが追いかけてくるのではないかという恐怖心から

なかなか行動に移すことができない。


「キャロライン、何だか顔色が悪いわ…。大丈夫?」


メルシーが心配そうな顔でキャロラインの顔をのぞきこんだ。


「平気…。ちょっと眠いだけだから、心配しないで…」


キャロラインの言葉に安心したのか、メルシーがほっと胸を撫で下ろした。


今の勇者が偽物であるということを、目の前の彼女に伝えるべきかどうか

キャロラインは悩んでいた。

しかし、偽の勇者とキッドがここにいる以上、どうすることもできないと、

少女は思った。


そんなキャロラインの心の内を知る由もなく、勇者が口を開いた。


「俺は少し仮眠をとる。

雨が上がったらすぐに出発するから、お前達も今のうちに休んでおくといい」


そう言ってから間もなく、勇者が地面に横たわり、

スースーと寝息をたてた。


「ふぁ~、わたくしも少し横になろうかしら・・・」


メルシーが勇者に寄り添うようにして寝転がった。


それを見ていたキッドは眉をひそめながら、

小さくため息をついた。


「・・・・・・・」


キャロラインはうつむいたまま、ぐっと声を押し殺した。


幼いキャロラインにとって、

キッドは優しくて頼れる姉のような存在だった。

だけど、それは仮の姿で、本当は恐ろしい黒魔術師なのかもしれない。


自分の欲望の為だけに、勇者とうんこの中身を入れ替えた黒魔術師・・・。

キャロラインの心の奥底に憎しみの炎が灯っていく。

その炎は恐怖にかき消されることなく、強い怒りへと変わっていった。


「キッド・・・、ちょっと話があるんだけど・・・」


震える声でキャロラインはキッドに呼びかけた。


「なに?どうしたの?」


キッドはきょとんとした顔でキャロラインを見つめ、尋ねた。


心臓の鼓動が早くなっていく中、キャロラインが震える声で答える。


「ここじゃなくて、別の場所で話そう・・・」


「・・・雨にぬれちゃうかもだから、今ここで話せない?」


「・・・・・・・・」


キャロラインは寝息を立てている勇者とメルシーの顔を見た。

二人はぐっすり眠っているようで、起きる気配はない。


「わかった・・・。ここで話す」


寝ている二人を起こさないように、キャロラインはキッドと距離をつめていく。


キッドの身長は165センチくらいで、キャロラインよりも随分高い。

キャロラインは見上げる形でキッドの顔を見つめ、口を開いた。


「黒魔術を使って、勇者と茶色いモンスターの中身を入れ替えたのは本当なの?」


キッドは驚くことなく、無表情で少女に質問する。


「私と勇者様の会話・・・、盗み聞きしてたの?」


黒魔術師の目の前、キャロラインが怯えながら答える。

「ごめん・・・なさい。

気になって、二人についていったら、話し声が聞こえて・・・それで・・・」


「じゃあ、勇者様があんたに気があるって事も知ってるよね?」


「え・・・?」


「とぼけないでよ。話、聞いてたんでしょ?」


「うっ・・・うん」


ガタガタと震えるキャロラインを見て、

キッドが小さく笑った。


「なにが・・・おかしいの?」


キャロラインがキッドに尋ねた、その時、

キッドが早口で呪文を唱えた。


その言葉の意味を理解する間もなく、

キャロラインの体はひどい熱気に包まれていく。


「あっ・・・あつい・・・!やめてっ・・・・!」


大粒の涙を流しながら、キャロラインが洞窟から飛び出し、

雨の中へと走り去って行った。


キッドは腕を組みながらそれを眺め、ふっと鼻で笑いながらつぶやく。


「さようなら」




____雨が降り続く中、キャロラインが息を切らしながら走っていく。


「体がっ・・・、体が熱いっ・・・!」


冷たい雨に打たれてもなお、体感温度は冷めることなく上がっていった。


やがて、意識朦朧となり、

キャロラインは泥だらけの草むらの中に倒れ込んだ。


体が熱を帯びながら、大きくなっていく感覚を覚え、

泥だらけの少女は大きな声で泣き叫んだ。


キッドに魔法をかけられた自分は醜いモンスターになる。

それこそ、茶色いモンスターよりも、もっと醜い化け物になるのだと、

キャロラインは思った。


「いやだ・・・。いやだよ・・・・、私・・・・」


いつか綺麗な女性になって、本物の勇者に告白する。

それがキャロラインの夢だった。


その夢は叶うことなく、醜い化け物として、

これから生き続けなければならないのか。

恐怖と怒りの感情が涙に変わり、キャロラインの瞳から涙がとめどなく溢れてくる。


「はぁ・・・、はぁ・・・・、はぁ・・・・」


とぎれとぎれの意識の中。

どこからか声が聞こえた。


「君~、大丈夫?こんな所で寝てたら風邪ひくよ?」


「!!」


地面に倒れ込む、キャロラインの体を起こしながら男が言った。


「服のサイズ、もっと大きいの着た方がいいんじゃない?」


気の抜けるような声で話す男は、真っ白い髪をしており、

肩まで伸びた髪の毛先はくせ毛なのか、様々な方向にはねていた。

男の年齢は20代半ばくらいで、キャロラインと同様、

軍服のような恰好をしている。


キャロラインは目に涙を浮かべながら、男の顔を見て言った。


「私は、モンスター、そうでしょ?っ・・・・」


キャロラインは自分の声の低さに驚く。

可愛らしさがみじんも感じられないその声に少女は絶望した。


「モンスター?」


白髪の男が首をかしげた。


「・・・・・・・違うの?」


もしかしたら、キッドの魔法は失敗したのかもしれない。

淡い期待を抱きつつ、キャロラインは近くにあった水たまりに顔を近づけた。


「!!!!」


雨が波紋となって広がる水たまりの中には、

人間の青年の姿が映し出されていた。





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