第14話 勇者と黒魔術師

森の中の小さな湖の前、

キッドが勇者の方を向き、その場に膝をついた。


周囲には誰の姿もない、二人きりの空間。


その緊張感を感じながら、キッドが声を震わせながら言う。


「勇者様・・・。片足をこちらに向けてください」


自分の目の前で膝をつく赤い短髪の女性を見て、

勇者が鼻で笑った。


「まさか、本当にやるつもりなのか?」


キッドが大きく頷き、勇者を見上げる。


「その為に、私とここへ来たのでしょう?」


妖艶な言葉遣いでキッドは勇者に尋ねた。


「いや、違う・・・お前の様子が変だったから、

それを気に掛けただけだ」


頭を掻きながら勇者が答えた。


その答えに納得できないのか、キッドが下唇を噛む。


「・・・勇者様。がっかりさせないでよ・・・」


「!?」


静まり返る森の中、キッドは勇者を押し倒し、

「あなたはもう前の勇者様じゃない・・・、私は知ってる。

あなたが本当は誰なのか・・・」

と彼の耳元でささやいた。


「・・・・殺されたいのか?」


勇者がキッドの髪を鷲掴みにし、

自分を押し倒した女性に尋ねた。


キッドは笑みを浮かべながら勇者の顔を見る。


勇者の瞳は赤黒く光り、獲物を見つけた野生動物のように

鋭い光を放っていた。


「・・・すごく綺麗。勇者様、私は前の勇者様より

今のあなたの方が好きです」


「黙れ!お前の言葉なんて信用できない!」


勇者がキッドを蹴飛ばし、その場を去ろうとする。


「待って!」


小さく咳き込みながらキッドが叫んだ。


勇者はぴたりと足を止め、キッドの方へと歩み寄る。

男の眼光はするどく、キッドは思わず息を飲んだ。


「俺が前の勇者じゃないなんて言葉、二度と口にするな。

次にお前がそれを言った時、俺はお前の首を切り落とす。

わかったか?」


「はい!」


勇者の忠告にキッドが明るく返事をした。

予想外の反応に、勇者がぽつりと声をもらす。


「何故だ・・・?」


「えっ?」


「お前は俺がこわくないのか?」


勇者が不思議そうな顔で口に手をあて言った。


「・・・・・・」


キッドがその場でしゃがみこみ、綺麗に磨かれた勇者の靴を舐める。

「おいっ!なにやってる!」


勇者は後ずさりし、キッドの顔から自分の足を遠ざけた。


この女・・・、何かがおかしい。

いや、こういうのが好きな奴がいてもおかしくはないが・・・。

それにしても、変な女だ、全く・・・。

すっと立ち上がるキッドを見て、勇者は心の中でつぶやいた。


キッドが無邪気に笑いながら、

「靴を舐めたので、私の願いを聞いてください」

と、勇者に顔を近づける。


「ふざけるな!お前が勝手にしたことだろう!

それなのに、願いを聞けだと?お前、やっぱり・・・」


「やっぱり、何です?」


「普通の女じゃない・・・。魔王を倒す為に前の勇者と同行してたんだ、

魔法とか剣技とか、何か使えるんじゃないのか?

あれだ!実は俺と同じモンスターとか、そんな感じだろう!?」


「・・・勇者様、私は黒魔術師です。その力を使って、

あなたと前の勇者さまの魂を入れ替えました」


「・・・・・・・・・・・・」


衝撃の事実に勇者は言葉を失う。


「ごめんなさい・・・。だけど、私は優しい勇者様じゃなくて、

力で押さえつけるような、あなたのような勇者様を求めてた・・・。

あなたは私の理想の勇者様です。

だから、これからもずっとそばにいさせてください」


勇者は戸惑いながらも口を開く。


「それがお前の願い・・・なのか?」


キッドが頬を赤く染めながら言う。


「はい」


長い沈黙。


その後に勇者がキッドに背を向け言った。


「・・・すまない。お前の気持ちには答えられない」


「・・・・どうして」


「ここだけの話・・・、俺はキャロラインが好きなんだ。

あいつと戦った時に感じた感覚・・・。これほど強い女は他にいない、

俺の女はあいつだって、そう思った」


「・・・・・そう・・・ですか・・・」


キッドは眉をひそめながらキャロラインの顔を思いうかべる。

どうすれば、勇者の目の前からキャロラインという少女を消せるのか、

キッドは思考を巡らせながら下唇を強くかんだ。


キッドの心情を察し、勇者が心の中で笑みを浮かべる。


自分にとって邪魔でしかないキャロラインをキッドはどう消すのか、

勇者は楽しみで仕方なかった。


「なぁ、キッド・・・。この先、危ない場面もあるだろう、

そんな時は真っ先にキャロラインを守ってやってほしい。

俺にとって一番大事なのは彼女なんだ・・・」


念を押すように勇者はキッドにそう告げ、

仲間がいる洞窟へと帰って行った。


「・・・・・・・」


キッドは無言のまま、勇者の後を追うように、

その場を後にした。


二人が去り、静まり返る森の中。


大きな木の陰に隠れていたキャロラインが

「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

と呼吸をくりかえしながらつぶやく。


「あいつは、勇者様なんかじゃない・・・・」




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