第13話 果たせない約束

「えっと・・・、勇者様。今、何て言ったの・・・?」


キッドがおそるおそる勇者に尋ねた。


「靴をなめろ・・・。ですわよね?勇者さま」


先程の勇者の言葉をはっきりと聞きとったメルシーが言った。


長すぎる沈黙。


静まり返る洞窟の中、

キッドがメルシーに聞かれないよう、勇者にそっと耳打ちをした。


メルシーが怪訝そうに二人を見つめる中、

「・・・・・・わかった」

と、勇者がつぶやいた。


「ちょっと、あんた!いま勇者様に何て言ったの!?」


メルシーがキッドの両肩をつかみ、大きくゆさぶる。


「やめろ」


勇者がメルシーの方を見た。


冷たすぎる視線。

見た事のない勇者の表情にメルシーが泣き崩れた。


「そんな目で見ないでください、勇者様。

わたくしが間違っていました。仲間内で喧嘩するなんて、本当にごめんなさい!」


声を震わせながら泣き叫ぶメルシーの頭を撫で、

勇者が言う。


「メルシー、俺は争うことが嫌いなんだ。

特に仲間内での争い事は醜いだろう?

何か不満があるなら、俺と二人きりの時に伝えればいい。

理解できたか?」


メルシーがぱっと顔を上げ、口を開く。


「はいっ!勇者様!わたくし、もう喧嘩はしません!」


「絶対だぞ?」


「はい!約束しますわ」


勇者がメルシーの手をとり、すっと立ち上がる。


自分は、王子様の手を取るプリンセス。

そうメルシーは思った。

さっきまでの悲しみが嘘のように無くなり、メルシーは心を躍らせる。


そんなメルシーの様子を見て、キッドがふっと鼻で笑った。


先程、勇者の耳元でつぶやいた言葉。


<二人きりになった時、あなたの靴を舐めます。

そのかわりに、私の願いを聞いてもらえませんか?>


その言葉を知らないであろうポンコツ女が、

勇者の顔を見て、嬉しそうに笑っている。


こんなに滑稽な光景は見た事がない、そうキッドは思った。


「みんな!お待たせ!!」


食材を採りに行っていたキャロラインが帰ってきた。


幼い少女は華奢な体つきにも関わらず、

大きな魚を軽々と持ち上げている。


「わぁ!すごい!さすがキャロライン!!

さっそく調理しよう!」


キッドがキャロラインの方へかけより、

少女から魚を受け取る。


「おっ重い・・・・。下におろしてもいい?」


「うん。洞窟の中だと煙たいし、もうここで調理しよう」


キャロラインの言葉通り、キッドが大きな魚を地面におろした。


地面は湿った草で覆われており、近くには小川が流れている。


キッドが隠し持っていたナイフで大きな魚に切れ目をいれていく。


魚はあっという間に3枚卸の状態になり、

キッドは近くに流れていた川の水で魚の身を洗い始める。


「キャロライン。俺に何か出来る事はないか?」


勇者が少女に歩み寄り声をかけた。


「勇者様は座ってて。いつも動いてるんだから、

たまには休まないと」


「・・・・・」


近くに落ちていた枯れた木の枝を集めながら、

勇者が言う。


「手伝わせてくれ・・・」


それを見ていたメルシーが馴れない手つきで火おこしを始める。


「こうやって、石と石を擦り付ければ火がつくはず・・・!

やった!ついたわ!」


持っていた火打ち石が火花を散らし、

メルシーが嬉しそう言った。


しかし、火花が散ったのも束の間。

火はどこにもつく事なく、メルシーが落胆する。


「メルシー、 貸して。

こうやって、こうやって、こうするのよ」


キャロラインが馴れた手つきで火をおこし、

火種に息を吹きかけていく。


くべられた木の枝の上。

その真ん中に火種をおき、キャロラインがふうと息をゆっくりと吹きかけた。


小さかった火種が見る見るうちに大きくなり、

メルシーが声をあげた。


「すごーーーい!あなた天才ね!キャロライン!」


「大袈裟だなぁ・・・。ちゃんと覚えれば誰でもできるよ」


「ほんと?私でも1人でできるかしら・・・」


「うん。今度ちゃんと教えてあげる」


微笑ましい会話の内容にキッドが思わず吹き出し、

「なんか、姉と妹みたい」

とつぶやいた。


「キッド!早く魚を持ってきて!火が消えちゃうわ!」


メルシーがキッドにかけより、

3枚卸にされた巨大魚の切り身を2つ、腕に抱える。


「お・・・・おもすぎない・・・・・?」


「もう~、無理しないで、私たちにまかせなよ」


キッドがメルシーから巨大魚の切り身を1つ受け取り、

「腕、大丈夫?」

とたずねる。


「えぇ、平気・・・。あなたこそ、無理してるんじゃない?」


「うん・・・。実はちょっと無理してる」


「なら、二人で運びましょう」


「そうだね、そうしよう」


キッドとメルシーが巨大魚の切り身の端と端を両手で持ち、

それをたき火の方へと運んでいく。


さっきまでの険悪なムードが嘘のように、

キッド、キャロライン、メルシーの3人が仲良さそうに話している。


勇者は戸惑いながらも3人に声をかけた。


「なぁ、セレナは?どこにいったんだ?」


今頃、セレナと本物の勇者は川で溺れ死んでいるだろう

と、勇者が心の中で笑う。


沈黙が流れる中、

メルシーは仲間に本当の事を話すべきだと、深く深呼吸した。


「メルシー、どうした?何か知っているのか?」


勇者がメルシーに尋ねる。


「勇者様。セレナは、

さっき襲ってきた茶色いモンスターのところへ行きました」


「ちょっと、どういうこと!?

セレナは田舎に帰ったんじゃなかったの!?」


キッドが声を荒げた。


「ごめんなさい・・・。本当は違うの。

置き去りにした茶色いモンスターの事が気になるって、

彼女は私にそう言って、歩いてきた道を1人で戻っていったわ・・・」


「・・・・・そんな・・・」


キッドが唇を噛みしめながらうつむく。


セレナが茶色いモンスターと合流し、

モンスターの中身が勇者であると知ってしまったら、

元の姿に戻す為に、本物の勇者を探すかもしれない。

そうキッドは思った。


二人の中身を入れ替えたのが自分であるということ・・・。

事の真相を、キャロラインやメルシー、

今の勇者に知られる訳にはいかない。


キッドは心の中でつぶやく。


(はやく二人を殺さないと・・・)


「キッド?大丈夫か?」


勇者がキッドの顔をのぞきこむ。


キッドの目の瞳孔は開いており、その体は小刻みに震えていた。


「キャロライン、メルシー、ちょっといいか?」


勇者の言葉に二人が同時に反応する。


「どうしたの?勇者様」 「なんですか?勇者様」


「キッドと話したい事があるんだ。

戻ってくるまで、魚の調理を頼む」


炎によって熱された薄い石の上にある

巨大魚の切り身から香ばしい匂いが漂い始める。


「わかった。もう少しで出来るから、それまでに戻ってきて」


キャロラインが不満そうにつぶやいた。


「私も彼女と同意見だわ。

勇者様、料理が冷めないうちに戻ってきてください」


巨大魚を見つめながら、メルシーがそっけなく言った。


「・・・・すぐ戻るよ」


勇者は二人にそう言い残し、

キッドと共に深い森の中へと入っていった。



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