第12話 黒魔術師の女

ぽた、ぽた、ぽた・・・。


薄暗い洞窟の中、天井に生えていた苔から朝露の滴が滴り落ちていく。


「うっ・・・・」


地面に横になり眠っていたキッドの頬に滴が落ち、

キッドが薄目を開けながら体を起こす。


「あら、もう起きたの?

どうせ役に立たないんだから、起きなくなくても良かったのに」


キッドの横に腰を下ろしていたメルシーが、ふっと鼻で笑った。


洞窟内に2人以外の姿はなく、辺りはしんとしている。


「皆は・・・、まだ戻ってないの?」


キッドが不安そうな顔でメルシーを見て尋ねた。


メルシーは大きな胸を両手で中央に寄せながら答える。


「そうね・・・、勇者様もキャロラインも、まだ戻ってきてないわ。

それより、あなた、起きたのなら食糧探しに行ってきなさい。

見張り番はわたくし1人で十分よ」


「ムカつく言い方・・・。だけど、あんたの言う通り、

見張り番は一人で十分・・・って・・・・あれ?」


キッドがキョロキョロと辺りを見回しながら尋ねる。


「ねぇ、セレナは?あの子も食糧を探しに行ったの?」


「あぁ、あの子なら・・・。その・・・、とても言いにくいんだけど・・・」


言葉を濁すようにメルシーが話を続ける。


「あなたが寝ている間に、あの子が私に言ったの・・・。

やっぱり自分は両親のいる田舎町に帰るべき、

だから、パーティーを離脱します。そう言ってたわ・・・」


「え・・・・?あの子、両親は亡くなっていないはずなんだけど・・・」


予想外の言葉にメルシーは驚く。


「あぁ、そうそう、思い出した!

両親じゃなくてご友人がいる田舎町だったわ。

彼女の言ってた事を忘れるなんて・・・、わたくし疲れているのかも・・・」


メルシーは、キッドの視線を避けるようにうつむき言った。


「ふ~~ん」


メルシーの顔を覗き込むように、キッドが顔を近づけた。


「ちょっと・・・、なに?わたくしに文句でもあるの?」


「あんたの話が本当なら、セレナは私に何も告げずに仲間を離脱したって事になる。

あの子は誰よりも礼儀正しい子だから、そんな別れ方するはずない」


額にかいた汗をぬぐい、

やれやれといった感じでメルシーが深くため息をついた。


「あなたは、セレナを知っているようで、何も知らないのね」


「っ・・・、どういう意味?」


キッドがメルシーにガンを飛ばし、尋ねた。


「大人しくて、礼儀正しい姿は仮の姿・・・。

本当の彼女は薄情でしたたかな女だったってことよ・・・。

まぁ、今は信じられないだろうけど、彼女がこのまま姿を現さなければ

私の言葉は本当だってこと、あなたは嫌でも思い知る事になるわ・・・」


「・・・・・・・」


殺伐としたパーティの中、

自分が一番セレナの事を理解している、そうキッドは思っていた。

しかし、実際はそうじゃなかったのかもしれない。

その現実を突きつけられ、キッドは強く下唇を噛む。


長い沈黙の後、メルシーが口を開いた。


「ところであなた・・・。

勇者様がキャロラインの後を追いかけていった、あの時。

自分も助けに行くと言って二人を追いかけて行ったけど、

本当はどこに行っていたの?」


「・・・・・・・・・」


キッドの顔が青ざめ、額に汗が滲み出していく。


「勇者様もキャロラインもセレナも、

あの時、誰一人としてあなたについて触れなかった。

わたくし、とても不思議に思いましてよ。

本当にその場所に向かったのか、聞いてもよろしくて?」


「・・・・・・・・・・」


下唇を噛みながら、キッドはあの時の出来事を思い返す。


うんことキャロラインの後を追って行った勇者を追いかけ、

キッドは森をかけぬけていった。


森を抜けた先、勇者がキャロラインに向かって突進していくのが見え、

キッドは物陰に隠れた。


その時、ふと、うんこと視線があった。


茶色いモンスターの鋭い眼光を見て、キッドは思わず声を漏らす。


「綺麗・・・・」


その時、キッドの頭の中にある考えがよぎり、

彼女はそれが現実になるよう、思いきって実行することにする。


「黒魔術師、キッド・スレイアが命じる。

この先にいる勇者と茶色いモンスターの中身を入れ替えよ」


キッドが呪文を口にした瞬間、黒魔術が発動し、

他の人には見えない黒い光が勇者とうんこの体から魂を引きずり出した。


二人の魂を持った黒い光は物凄いスピードで彼らの魂を入れ替え、

やがて空へと消えていった。


自分の魔術が成功し、キッドは喜びに震える。


黄金に煌めく長い髪、誰もが見惚れる美貌を持った勇者。

キッドは中身に関係なく、その外見に惚れていた。


勇者と共に旅をする中、キッドは不満に思っていた。


今の勇者では優しすぎる、彼には何かが足りない。

彼に足りないもの、それは・・・。

仲間さえも支配する闇のような心・・・。

茶色いモンスターのように鋭く光る赤い瞳・・・。


キッドはずっと夢にみていた。


自分が勇者の手によって身も心も支配されていく、

そんな夢を・・・。


それが叶うのであれば、勇者の中身がどうなろうとかまわない。


その気持ちだけで、キッドは二人の魂を入れ替えたのだった。




___はっと意識を現在に戻し、キッドが大きく息をはく。


「はぁ・・・はぁ・・・」


肩で息をするキッドに向かって、メルシーが腕を組みながら言った。


「あなた、大丈夫?

何だか顔色が悪いみたいだけど・・・?」


疑惑の視線が向けられる中、額に汗を滲ませながらキッドが口を開く。


「あの時、森の中で迷ってたなんて、カッコ悪くて言える訳ないじゃん!」


キッドの言葉に納得したのか、メルシーが視線を外し、

洞窟の入り口の方を見た。


「勇者さま!!!」


曇りかかった空の下。

勇者の姿が目に映り、メルシーが勇者の元へと駆けよっていく。


「勇者さま、その目・・・。

一体、どうされたのですか?」


メルシーが勇者の頬に手を添えながら男の両目に視線を合わせた。


さっきまでコバルトブルーだった美しい瞳が嘘のように、

憎しみを帯びた赤黒い瞳へと変化していた。


勇者はメルシーの手を払いのけ、キッドの方に歩みを進める。


ドッドッドッドッ・・・。


心臓の音が早くなっていく感覚と共に、

キッドの頬が赤くなっていく。


メルシーが怪訝そうに二人を見つめる中、

勇者がキッドのすぐ手前で足を止め、赤い髪の黒魔術師に命令した。


「俺の靴を舐めろ」






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