29「共依存生活の終わり」

 ママであり娘でもある千代子との、心地良い共同生活。

 僕は千代子に乞われるまま小説やイラストを作成し、千代子は僕に乞われるままオギャらせてくれる。

 一縷の隙もない、完成した共依存世界だ。


 原作朗読配信や様々な企画の甲斐あって、たったの1週間で1万人ものチャンネル登録者が増えてしまった。

 これからも、まだまだ増え続けるだろう。

 けれど……。

 僕はPCの右下、カレンダーを見る。





 ――4月1日(土)





 そう。

 春休みが終わる。

 新学期が始まるのだ。


 千代子は何も言わないし教えてくれない。

 けれど、教科書のことからも、千代子が高校生であるのは間違いない。

 明後日からは学校に行かなきゃならないだろう。


 千代子はどうするつもりなのだろう?


 普通に考えれば、地元に戻って学校に通うだろう。

 地元。

 過去の配信で千代子自身が言っていたところによると、千代子は東京住みだ。

 きっと、朗読配信や『ママと娘』という関係性は、今後も消えることはないだろう。

 けれど、この共同生活は終わってしまうに違いない。


 引き留められないか?

 いや、引き留めるべきなのだろうか?


 そもそも、この共同生活はアウトなのでは?

 僕は未成年で、知代子も未成年だ。

 千代子は間違いなく、親に無断でここに来ている。

 僕だって自分の両親には千代子のことは内緒にしている。


 僕はどうするべきだ。

 どうしたい?

 ……いくら考えても、答えは出ない。


「コンブママ」ベッドの1階――彼女の『城』から顔を出した千代子が、笑いかけてくる。「今日の朗読配信について相談なんやけど」


「うん、ええよ。何?」


 僕はその相談に乗る。

 本当は、明後日以降の話をしたいのに……。





   🍼   💝   🍼   💝





 千代子との別れを惜しむ僕をあざ笑うかのように、あっという間に土曜が過ぎ、日曜が過ぎた。

 僕はいつものように千代子の手料理を食べ、風呂に入り、悪夢で目覚めて生心音ASMRをしてもらった。


「千代子、なぁ千代子」


「ウチの赤ちゃん」


 僕の言葉をさえぎるかのように、千代子が僕の頭をかき抱く。

 やがて心地良い眠りに襲われ、僕は眠る。





   🍼   💝   🍼   💝





 翌朝、味噌汁の匂いで目覚めた。

 が、千代子がいない。


「千代子?」


 部屋中を探すも、いない。

 ベッドの1階のPCその他機材と荷物、キャリーバッグはそのままだけど、手荷物用のカバンが消えている。


「……千代子」


 行ってしまったのだろうか。

 地元に戻り、後日改めて取りにくるか、はたまた引っ越し業者を手配するつもりなのか。


「千代子」


 新学期初日から遅刻するわけにはいかない。

 ただでさえ僕は遅刻がかさんで、教師からの心象が悪いんだから。


 僕は千代子が残してくれた朝食を食べ、制服に着替えて学校に向かう。





   🍼   💝   🍼   💝





 学校に僕の居場所はない。

 2年生に上がっても、それは変わらない。

 クラス分けを見ると、自分のクラスに嫌な名前があった。


「……有栖川アリス」


 呪いのような名前。

 中学時代、僕をイジめたおしてきたクラスの連中の親玉だ。


 2年生になっても、僕の学生生活は灰色であるらしい。

 リアルなんてクソ食らえだ。

 僕にはバーチャルしかない。

 僕には千代子しかいない。

 千代子に逢いたい。

 千代子の胸でオギャりたい……。





   🍼   💝   🍼   💝





「転校生を紹介します」


 教室の自席で突っ伏していると、いつの間にかホームルームが始まっていた。


「明治千代子さんです」教師の声。


「……――――ッ!?」その言葉の意味が脳にしみ込んできて、僕は大慌てで顔を上げた。「ちよ――」


 叫びそうになった。

 途中で声を飲み込むことに成功した自分を褒めてやりたい。


「……明治千代子です」


 ぼそぼそと喋る転校生。

 ぶあついビン底メガネと前髪で顔を隠し、猫背になってバストを隠しつつ陰キャを装っているけれど、僕の目はごまかせない。


 こうして僕の、バラ色の学生生活が幕を開けた。





   🍼   💝   🍼   💝





 始業式のあと、先に家に帰ってそわそわしていると、


「ただいま~」


 ほどなくしてドアが開き、千代子が入ってきた。


「千代子! これはどういう――」


「どうもこうも」


 千代子がメガネを外し、しゅるりとネクタイを解く。

 妖艶に微笑んでみせて、


「見てのとおりや。これからもよろしくな、コンブママ」


 そうして千代子が、ゆっくりと両腕を広げる。


「お・い・で、ウチの赤ちゃん」


「お、お、お、おぎゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」

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