28「世間を騒がすコンピュータウイルス」

 翌朝、いつもより30分早く起きた。

 炊き上がったばかりのご飯を使ってお粥を作る。


「千代子、起きとるか?」


「んぅ……」


 ベッドの一階に声をかけると、起きてるのか起きてないのかよく分からない返事が返ってくる。


「開けてええか?」


「うん」


 カーテンを開けると、果たして千代子は薄っすらと目を開いていた。


「汗拭くから」


「うん」


 大人しく額や首元を拭かれる千代子。


「えーと、背中を」


「うん」


 千代子が上を脱ぐ。

 不思議とヰタ・セクスアリスな感情は湧いてこない。

 ただただ、早く千代子に良くなってもらいたいばかりだ。


「前も拭いて」背中を拭き終わると千代子が言った。


「アホ、自分でやり」


神戸かんべのイケずぅ」


「はぁ~……あのなぁ、お前それ元気な時にやってみぃ? マジで押し倒すで」


「神戸のエッチ」


「お粥、食べれるか?」


「うん。でも先にトイレ行く」


「立てる?」


「さすがにそこまで重病人ちゃうわ!」


 自信満々に言いつつよろける千代子を、慌てて支えた。





   🍼   💝   🍼   💝





「千代子、最新話公開するで」


「オッケー。ウチの方でも宣伝しとく」


「ありがたやありがたや」


「ちょっとトイレ」


 千代子がトイレに行っている間、僕は椅子の上で正座待機する。

 ほどなくして月之ウルフさんからいいねと感想がきた。

 この人は本当に、最新話を公開したらいつだって速攻で読んでくれて、感想をつけてくれる。

 時には、思わずこちらがうなるような鋭い考証の指摘もしてくれる。

 平日の日中でもリアクションができるってことは、やっぱり学生さんなんだろうか。

 いやまぁ学生にしたって、授業はちゃんと受けなきゃダメだけどさ。


 最近は千代子が時代考証の手厳しい指摘をくれるおかげか、月之ウルフさんからの指摘はない。

 自然、褒め殺しとなるウルフさんの感想を3回読んでから、『いつも本当にありがとうございます!!』と返事を返した。


「むふーっ」


 達成感とともに一息つき、手癖で5ちゃんのニュースまとめを見てみると、


「うわぁ、例のランサムウェア、被害広がってとるみたいや」


「ランサムウェアって何ぃ?」トイレから戻ってきた千代子。


「マルウェアの一種で、相手のパソコンを乗っ取って、パソコンのデータを暗号化して開けへんようにしたり、パソコン自体に入れんくしたりすんねん。で、データ返して欲しくば身代金払えって脅迫してくるんよ」


「こっわ! で、マルウェアって何ぃ?」


悪意あるmaliciousソフトウェア。ウイルスタイプとトロイの木馬タイプがある」


「トロイの木馬? なんでギリシア神話?」


「あー、ええと。要はウイルスや。コンピュータウイルス」


 面倒になって、説明を投げた。

 自己増殖の有無でウイルスか否かの定義がうんたらかんたらとか、ただでさえITおばあちゃんなうえに本調子でない千代子に話しても絶対伝わらない。


「えらい怖い世の中になったもんやなぁ」


「何をばばくさいこと言うてんねん。あ、せや! 超簡単なウイルス、作って見せたろか?」


「え? 神戸、ウイルス作れんの!?」





   🍼   💝   🍼   💝





 実演して見せるために、千代子のPCをお借りする。

 お気に入りのエディタであるATOMをインストールし、『index.html』というテキストファイルを作成する。

 真っ黒なエディタ画面で『html』と打ってTabキーを叩くと、あら不思議!

 愛しの入力補完機能ちゃんが、爆速でガワを作ってくれる。

 同じ要領でhtml内にJavaScriptを埋め込み、ささっとコーディングを済ませ、ネット上から適当なフリー画像をインストールして所定のフォルダに格納すれば、


「んっふっふ。お手軽ブラクラの完成」


「ブルクラ?」


「千代子! めっ! ステイ!」


 バット○ンとスーパー○ンのアレとアレがアレするコンテンツである。


「っていうか何で逆にアンタが知っとんの」


「インターネット男としての教養ですよ」


「で、ブラクラって何ぃ?」


「ブラウザを破壊クラッシュすんねん。ほら、ダブルクリックして開いてみ」


「え、嫌や! 壊されるって分かっとって開くバカがおるか!」


「大丈夫大丈夫。これはちょっと人を驚かせるだけの無害なヤツやから」


「うぅぅ」


 うなりながら千代子がファイルを開くとブラウザが立ち上がり、


『このパソコンは10秒後に爆発します』


 というメッセージボックスに爆弾の画像、そして『鎮火』というボタン。


「えっ? え、ちょっ!?」


 千代子が慌てて『鎮火』ボタンを押そうとするが、カーソルがボタンに触れるや否や、ボタンが猛烈な勢いで逃げ回る!


「あっあっあっ! 待てや! 待って!!」


 悲鳴を上げる千代子と、冷酷にも刻一刻と迫る最期の時。

 果たしてカウントが0になり、


『ど~ん!!』


 という文字とともに、爆弾の画像が爆発に置き換わる。


「これだけ」


「もう! びっくりしたやないの!」


「言うたやん、無害なヤツやって。でも昔、どっかの小学生が学校だか何だかの掲示板でコレをやって、なんや警察まで動くほどの大騒ぎになったことがあったんやって」


「なるやろ、そりゃ!」


「いやいやいや……千代子も見とったやろ? こんなん知っとるヤツやったらものの10分で作れるのに、それを警察のオジサンたちが出動して税金使って時間使って足使って、挙句にちょっとしたいたずら心を持ってた小学生を相手に補導だなんだって脅すんやで? ちったぁ勉強せぇやと僕は言いたいね」


「いやいやいやいや、こんなん10分で作れるとか、神戸はスーパーハッカーやろ!」


「クラッカーやな、この場合」


「ん?」


探究者ハッカーってのはコンピュータに詳しくて研鑽を欠かさへん人のことで、それを悪いことに使おうとするヤツのことは破壊者クラッカーって言うねん」


「悪気あるんやんか! もう!」


「あはは」


 怒る千代子も可愛いなぁ。

 こんな毎日が、いつまでも続けばいいのに。

 本当に、本当に。

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