26「千代子、倒れる」

「早朝、病院――あった!」


 スマホに映るのは『神戸赤十字病院』の文字。

 続いてWebからタクシーを手配する。


「千代子、病院行くで!」


 千代子の肩を強めに叩く。


「うぅ……?」朦朧とした様子で、千代子が目を覚ます。「何……?」


「病院に行くから、保険証どこにあるか教えて!」


「うぅ……病院? 嫌やぁ……」


「はぁ?」


「病院なんて行っとったら……昼の配信に……間に合わへん」


「何をアホ言っとんねん!!」


 棚からタオルを引っ張り出し、玉のように浮かぶ千代子の汗をぬぐう。


「ほら、保険証!」


「嫌やぁ……」大人しく僕に拭かれながら、なおもぐずる千代子。「明治時代に健康保険なんてあるかぁ……」


「何を言って」


「ウチは明治千代子や……」


「明治千代子である前に一人の人間やろが! このとおり熱でバテとる人間や」


「ウチは……」


「本名明かしたくないとか言うとる場合か!」


 ピンポーン!


「はい!」


 インターホンに出ると、


『MCタクシーです』


「すぐに出ます!」


 保険云々言ってる場合じゃない。

 ショルダーバッグに財布と二人のスマホとマスクとタオル、あと千代子が羽織れそうな上着を適当に突っ込む。


「ほら、千代子」


「嫌やぁ……」


 なおもぐずる千代子を無理やり抱き上げる。

 軽い。

 いざ抱き上げれば、怖いのか、千代子はこちらにしがみついてきた。


 曇天の中、病院に向かう。





   🍼   💝   🍼   💝





神戸かんべのアホ……」


 タクシーの後部座席で。

 ぐったりとした様子で僕にもたれかかりながら、千代子がうめく。


「配信……」


「そんな状態でやれるわけないやろ。ほら、ロック解除して」


「うぅ……?」


 朦朧とした様子ながらも、言われたとおりスマホのロックを解除する千代子。

 僕は明治千代子アカウントのTwitterを操作して、


「ほら、この内容でいい?」


『事情により本日お昼の配信はお休みしマス。旦那様方、急な配信中止、何卒ご容赦賜りますよう』


 千代子は真っ赤に充血させた目でスマホを睨み、それから僕の顔を不満げに睨む。


「千代子、お願いやから」


「…………」


 千代子が僕の肩に顔を埋める。

 それを了承の意と受け取って、ツイートを投稿した。





   🍼   💝   🍼   💝





「正式な診断は検査結果を待たなければなりませんが」診察室で、内科のお医者さんが言う。「症状から診るに、アデノウイルス感染症でしょうね」


「アデノ? そ、それは厄介な病気なんでしょうか……?」


 恐る恐る尋ねる。

 果たして、お医者さんは――――……

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