25「僕、まとめ動画デビュー」

『やぁ、みんな大好きバーチャル・ニルヴァーナだよ』


『おいっす。仏陀ブッダの母、摩耶夫人ぶにんことマヤちゃんでーす』


『VToverまとめ』動画投稿者の『バーチャル・ニルヴァーナ』さんの動画が始まる。


『先日、ライバーズ・ハイ所属のVTover明治千代子さんの配信で、「明治千代子【原作】朗読配信」が催されました。

 同配信で明治千代子さんは、自身の外見や設定がアマチュア作家兼アマチュアイラストレーターによる投稿小説のパク……リスペクトであることを暴露しました。その作家さんというのが――』


 動画内で『カクヨム』のページが開かれ、小説『明治千代子(の拳)は斯く語りき』が大写しにされる。そして、そのページの片隅に表示されている、『作者 コンブ太郎』の文字が拡大される。


『コンブ太郎さん、という方なのだそうです』ニルヴァーナさんの言葉に、


『どういう方なのでしょうか?』マヤちゃんが質問する。


『プロではなくアマの作家さんで、Twitterを見る限りは一般人のようです。検索しても、同一人物っぽい方は見つかりませんでした』


『普通に昆布の食品ばかりがヒットしますね。ですがアマチュアと言っても小説投稿サイトから書籍化する人は多いのでは?』


『コンブ太郎氏に限って言えば、書籍化もしていないようですね。一体どういう方なのか、ナゾが深まるばかりです』


 ただの無職の一般人だよ!

 ほっといてくれよ!


『事の起こりは4日前、明治千代子さんがご自身のTwitterアカウントでコンブ太郎氏をフォローしたことに始まります』


『明治千代子さんは関係者以外は自らフォローしませんからね。それでちょっとした騒ぎになったんですね』


『次に動きがあったのが、その翌日の午前中。コンブ太郎氏をフォローしてからも沈黙を保っていた明治千代子さんが、同日昼からの配信についての告知ツイートをしました。その内容というのが――』


『明治千代子【原作】朗読配信やりマス


『はい。そのツイートには「【原作】とは何のことだ?」という趣旨のリプライが多数付きましたが、明治千代子さんがそれに答えることはありませんでした』


『そして昼、【原作】朗読配信が始まったわけですね』


『うん。落語風の語り口や、描き下ろしイラスト等々、新しい試みがたくさん盛り込まれた素晴らしい配信だったよ。内容は、コンブ太郎氏の小説「明治千代子(の拳)は斯く語りき」の第1話を朗読するというものでした』


『その小説は、いわゆる二次創作というものなのでしょうか? 明治千代子さんのファンであるコンブ太郎氏が、彼女をテーマにSSを書いた、というような』


『そこなんですよ』


 と、画面の中で第いち話の投稿日が拡大表示にされる。


『……あれ? 1年半前?』


『そう、1年半前』


『明治千代子さんのデビューは半年前ですよね? もしかして、コンブ太郎氏は未来人?』


『ではなくて、コンブ太郎氏の方が、オリジナルだったということです』


『えええええええっ!?』大袈裟に驚いて見せるマヤちゃん。


『いやもう、本当に驚きです。朗読配信の後語りで、明治千代子さんご自身が暴露していました。「自分は一方的なガチファンだ」とも仰っていますね』


『ということは、コンブ太郎氏はたまたま、幸運にも明治千代子さんに気に入られ、拾ってもらえたアマ作家、ということになるのでしょうか』


『だろうね。とは言ってもオリジナルはあくまでコンブ太郎氏の方であり、彼のオリジナル小説とオリジナルイラストがなければ今の明治千代子さんはなかったわけですから、彼の功績は多大だと言えるでしょう。

 あと、個人的に好印象なのは、コンブ太郎氏が明治千代子さんに対して自作小説の宣伝を促すような発言をまったくしていないところだね。明治千代子さんにフォローされてからも、明治千代子さんが配信で暴露したあとも、ご自身のTwitterでそれらのことを宣伝に利用したり、自身がオリジナルであることを宣言したり、といった行動は一切取っていません』


『確かに、明治千代子さんに取り上げてもらえば、もっと早々にご自身の小説がバズっていた可能性は高いですよね。小説投稿サイト「カクヨム」って、アフィリエイトありましたっけ?』


『似たような制度はあって、PVを換金できるね。

 そのこと自体は大変うらやましい限りですが、ご自身のTwitterでVTuber明治千代子さんのことを一切取り上げないストイックさや、配信での明治千代子さんとの殴り合いで見せた関係の良好さ、古参リスナーに秒で特定されるほどのガチファン振りなど、彼女に対する真摯な姿勢が伺えます』


『これからも、仲良く高め合っていってもらえるといいですね!』


「やってさ」ニヤニヤしながら、千代子が言う。「仲良ぅ高め合うために、午後からは5万字書こか」


「はぁ!? 3万字やろ!?」


「こんぶ太郎センセやったら余裕よゆう!」


「無茶言いなや……」





   🍼   💝   🍼   💝





「……千代子、ちゃんと寝とる?」夕方、日焼け止めを取り出した千代子に僕は言う。「なんか目の下にクマがあるように見えるんやけど。買い出しも晩メシも、今日は僕がやるで?」


「平気や平気。ウチはショートスリーパーなんやから」


 言いつつ千代子はさっさと日焼け止めを塗り始める。


「じゃあ買い物だけでも」


「アンタだけやったら何うてええか分からんやろ。献立握っとんはウチなんやから」


 千代子はとにかくずっと起きてる。

 起きて、作業(サムネ作成、台本作成、調べものなど)をするか、配信をするか、勉強するかのどれかをずっとやってる(見たところ教科書は高校のものだった。やはり千代子は高校生なのだろう)。

 昼は毎日欠かさず【原作】読み上げ配信をやり、それも1回につき数話分のペースでやっていくものだから、そのための準備に追われる千代子の負担は半端ない。

 そこまでやりながらも、夕方は夕方で雑談配信や神戸ガヰド配信、ゲーム配信なんかもやっている。


 本当に、千代子は『明治千代子』のために命を削っているようなところがある。





   🍼   💝   🍼   💝





 翌朝、僕は久しぶりにスマホのアラームで目を覚ました。


「……千代子?」


 いつもの、千代子による『押しかけ幼馴染風の起こし方』がない。


「おーい、千代子」


 ベッドから降りる。

 1階のカーテンは閉まっている。

 念のため、トイレ、風呂場も探してみるも、千代子はいない。


「千代子、カーテン開けるで?」


 返事がない。


「開けるからな」


 開けた。果たして千代子が、壁側に体を向けて眠っていた。


「寝坊か? 朝食は僕が用意するけど和洋どっちがいい?」


 返事はない。


「千代子」


 左肩をぽんぽんと叩く。返事はない。


 …………………………………………不安になった。


 左肩に手を伸ばし、ゆっくりと仰向けにさせる。


「はぁっはぁっはぁっ……」千代子の浅い呼吸。真っ赤な顔。


 慌てて千代子のおでこに触れる。

 ――ひどい熱だ!!

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