24「新衣装」
「ところで」
午後。
今日も今日とて3万文字執筆で精魂尽き果てた僕は、ちょっとした意趣返しのつもりで千代子に言った。
「千代子の新衣装ってないん? ずっと同じ衣装やん」
「コンブママ」千代子がニヤニヤ笑いをする。「その質問はブーメランやで」
「あっそうか。僕が千代子のママなんか。それってつまり、僕が描いた衣装を千代子が来てくれるって……こと!?」
「せやで。ウチはママの娘やから。ママがどんなにドエロな衣装を描いても、拒めへん」
「をををををっ!?」
僕はさっそく、液タブを取り出す。
「その液タブ」
「ん?」
「えらい大事そうに
「ん?」
「あ、いや。えらい高そうやけど」
「うん。昨日も言うた古参ファンの人が買うてくれた、僕の宝物や」
「へぇ~。アンタの小説にもえらいヘビーなファンが付いとるんやなぁ」
「失礼な。っていうか千代子こそが一番過激な厄介ファンやないの」
Photoshopを立ち上げ、描き始める。
『こんなの着せたい』という妄想はたくさんしてきたから、ネタは豊富だ。
「もう春やからサクラ柄にして、基本は着物と袴」
「ん? 何やえらい丈が長いな」
「言うて膝丈やけどな」僕は千代子の白い太ももをちらりと見てから、「だいたい千代子は丈が短か過ぎんねん」
「ママのエッチ」
「ま、ママのエッチ!? ものすっっっっごいパワーワード出たな!?」
「でも、この丈は原作どおりやで?」
「原作はフィクションやろ。寒ないん?」
「女のファッションはな」千代子が仁王立ちする。「ガマンやねん」
「お、おぉぉ……」
「なぁ、やっぱりこの千代子、丈長すぎやって。ウチ、これでもセクシー系で売っとるんやけど」
「ご心配なく」僕はニヤリと微笑んでみせる。「ほら、ここ見てみ」
「ん?」
「ここ、この袴の隙間」
「着物の丈が短くて……鼠径部がチラ見えしとる!? エッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!」
「美少女が『鼠径部』言うとエロさ100倍やな」
「あ」
「え?」
「い、今ウチのこと美少女って」
「事実やん」
そう返すと、千代子が頬を染めた。
な、ななな何なんだこの反応は!?
急にこちらまで恥ずかしくなってくる。
「い、いいから! ほら、こっちも見てみ」
絵の中の千代子が腕を上げたところを指し示す。
「これは――!?」驚く千代子。
そう。
スリットが入っていて、腕を上げたときにだけ脇が見えるようになっているのだ!
「ふふん。どや?」
「ぱっと見では分からない鼠径部と、腕を上げたときにのみ見える脇……あえて2度見、3度見を誘う仕掛け! コンブママ、お見それしました! これは、
「そう。フェチの歴史語ったろか? 遡ること1886年、所はオーストリア=ハンガリー二重帝国――」
「すっごい早口で喋ってそう」
「いつまでに必要?」
僕が尋ねると、千代子がずだだだっと猛烈な勢いでスマホに何事かを打ち込み、
「大変や! 明後日の昼までに必要になってもた!」
ニヤニヤ笑いながら、『緊急告知! 明後日のお昼配信で、新衣装お目見え!』というツイートを僕に見せてくる。
「ドSがよぉ」
「あと、明日の昼までにシルエットだけ欲しい」
「なるほど。昼配信のときにシルエットだけ出して、リスナーに新衣装の想像図を募る作戦やな?」
「そうそう。あわよくばファンアート描いてもらえるかもやから」
🍼 💝 🍼 💝
千代子の作戦は見事にハマり、何十枚ものFAが集まった。
2日後の昼、いつもの落語風原作朗読配信のあと、千代子は新衣装を披露した。
鼠径部と脇の露出に恥じ入る千代子は新鮮で、スパチャの嵐だった。
大成功だ。
🍼 💝 🍼 💝
「おっ、キタキタ!」
配信のあと、PCのモニタをのぞき込みながら、千代子が嬉しそうに言った。
「神戸、これから一層炎上するようになるから覚悟しぃや」
「え、なになに?」
手招きされたので画面をのぞき込むと、
『やぁ。みんな大好きバーチャル・ニルヴァーナだよ』
『おいっす。
『VToverまとめ』動画投稿者の『バーチャル・ニルヴァーナ』さんの動画が再生されるところだった。
『先日、個人勢の大人気VTuver明治千代子さんの配信で、「明治千代子【原作】朗読配信」なるものが催されました。
同配信で明治千代子さんは、自身の外見や設定がアマチュア作家兼アマチュアイラストレーターによる投稿小説のパク……リスペクトであることを暴露しました。その作家さんというのが――』
ぼ、僕のことが取り上げられてる!?
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