20「千代子が千代子を演じる」

『明治千代子(の拳)は斯く語りき』第いち話は、『千代子』という少女の紹介から始まる。

 朝、ドエロい丈の袴姿で食卓に現れ、父を激怒させ、母を卒倒させる千代子。

 千代子は気にも留めずに席に着くも、女中が出してきたのが麺麭パン食であることに激怒して、


「そしたら千代子、『麺麭なんか喰うてられるか、白米だせや』と大気炎を上げて暴れ出します」


 リアル千代子が腕まくりをして見せる。

 3Dではなく2Dなので、画面上のバーチャル千代子はちょっと肩が上がっただけだけど、まぁ雰囲気は伝わるだろう。


「こうなるともう、誰の手にも負えません。

 女中たちはわれ先にと逃げ出し、母はまたぞろ卒倒し、顔を蛸のように真っ赤にした父が平手を振り下ろそうとするのを見るや、千代子は電光石火の如き動きで父の手を払い、その股間を両の拳で滅多打ち!」


 リアル千代子が百裂パンチをしてる。可愛い。


「おかずに罪はないとばかりにさっさと平らげて、足らない分は冷や飯で塩むすびを作り、道中で平らげることにしました」


 リアル千代子が手元でマウスを操り、配信画面に映し出されているイラストが、自転車に跨って疾走する千代子に切り替わる(これもオギャりで神に至った僕が以下略)。


鈴々々リンリンリン! 朝の多聞通たもんどおりの静寂を、傍若無人な鈴の音が切り裂きます。

 音の主は誰あろう千代子。彼女は短く短く切り詰めた袴の艶やかな太ももを惜しげもなくさらけ出し、自慢の自転車で女学校への道のりを疾走します。

 ――女の癖に足を開いてはしたない? いやい、そんなことを言われる筋合いはない。

 ――そんなにせわしなく動いて、淑女らしくない? 男に女らしさを定義される謂れもない。

 ――そんなに足をさらけ出して、恥ずかしいと思わないのか?」


 と、ここで千代子が急に落語風の語り口を止めて、立ち絵を高座に座っている姿から、いつもの『立ち絵』に切り替える。


「これ、これな。ウチのドエロい太もも」


 言いながら、バーチャルな太ももを配信画面いっぱいいっぱいまで大写しにする。


『エッッッッッッッッッッ』

『あーこれはエッチですわ』

『エッッッッッッッッッッッッッド!!』


 等のコメントが多数流れてきて、


「江戸ちゃうで、時代は明治や」


『エッド』コメを拾った千代子。

 続いて、


『prprprpr』


 という投げ銭コメスパチャが飛んできて、


「舐めんなや気色悪い!! けど、スーパーチャットありがとう!!」


 千代子が満面の笑みで応対する。

 ……そう、推しから直接お礼の言葉がもらえるというのが、スパチャの沼なんだよねぇ。

 その興奮が、快楽が忘れ難くなって、気付けば食費に手を出しているってわけだ。

 僕が千代子につぎ込んだ金額は半年で1万円強。

 いやぁ、むしろよくその程度の額で踏みとどまれたもんだと思うよ。


『罵倒助かる』

『ありがとう助かる』

『踏んで』

『踏んでください千代子様』

『○○』

『○○』

『○○』

『○○』

『○○』


 コメが金色の丸2つで埋め尽くされる。

 旦那様方が差し出しているのは自身の金玉だ。

 彼らこそが、真に調教された千代子ガチ勢なのである。


「悪いけど、金玉踏み潰すんはメン限でって決めてんねん。そんくらいしかメンバー特典ないから……堪忍やで!」


 金玉踏み潰されるのがメンバー限定特典とは、おったまげた話である。

 そして僕もまた、嬉々としてメン限配信でスパチャをする限界ヲタクなのだ!

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