19「千代子の原作リスペクト配信」

「コンブママ、1個お願いがあるんやけど」


 オギャりタイムのあとで、千代子が言った。


「ええよ。何?」


「え、内容聞く前から了承してええん?」千代子が面食らう。


「え、そんなヤバいこと依頼するつもりなん?」


「いや、そういうわけやないけど」


 千代子が僕を『ママ』呼びしている。

 ということは、『明治千代子』案件だろう。

 小説もしくはイラストだ。


「コンブママにできることやったら何でもしたるで」


「嬉しいこと言うてくれる。実はな、今から『明治千代子(の拳)は斯く語りき』第いち話を落語風に書き直してほしいねん!」


 落語風とな。


「というと?」


「ほれ」


 千代子がニヤニヤしながら見せてきたのは彼女のTwitterで、


『本日12:05からの配信にて、明治千代子【原作】朗読配信やりマス


 という内容が投稿直前状態で止まっている。


「今日の昼かよ!」


「せや」


「急やな!」


「アンタは追い込まれた方が実力を発揮するタイプやと見たから」


「ドSがよォ!」


「でも、嬉しいやろ?」


「うっ……」


「ん? 今何でもするって言ったよね? はい、ぽちー」


 ツイートが投稿されてしまった。


「言いましたけどね!? 無用なストレスかけてくんのやめぇや」


「ストレス溜まっとんの? 可哀そうに」


「誰の所為やと」


「はい」千代子が両腕を広げる。「ウチの赤ちゃん💝」


「お、お、お、オギャ~~~~ッ!!」





   🍼   💝   🍼   💝





 捗った。

 執筆がちょっとあり得ないほど捗ってしまって、ものの小一時間で『落語風第壱話』が書けてしまった。

 何だろう、この脳の冴えわたり具合は。

 そうか。必要だったのは、オギャりだったのだ!


 僕は心理の扉を開いてしまった。

 オギャりだ。オギャりこそ、世界を救う。

 今や僕に心身の不調はない。

 僕は完全復活した!!





   🍼   💝   🍼   💝





 12時5分。


 ベンベントンッタカタッタ、ベベンのベン♪

 ……パチパチパチパチ!


 まるで寄席よせで流れるような三味線と太鼓の音、そして拍手のSEとともに、YouTube『明治千代子チャンネル』の幕が開く。


「えー、運びいただきまして誠に有り難く御礼おんれいを申し上げます。どうぞ一席いっせき宜しく、お付き合いのほどを願っております」


 千代子が演じる画面の中、VTuber明治千代子のバーチャル体が、深々と礼をする。

 今日の千代子の姿は、『立ち絵』ならぬ『座り絵』(オギャりで神掛かった僕が秒で描いた)。

 寄席風の背景の中、千代子が高座に上がっている。

 彼女が述べるのは、僕が付け焼き刃ながらも必死に書き上げた枕だ。


「えーわたくしはと申しますと、旦那様方がご存じのとおり明治千代子と申しまして、うら若き明治の華、永遠の乙女、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花――」


『何か始まった』

『原作って何?』

『朗読配信キターヽ(∀゜ )人(゜∀゜)人( ゜∀)人(∀゜ )人(゜∀゜)人( ゜∀)ノ』

『お、落語風か?』

『つ 訂正原稿「立てば痴女、座れば明治、歩く姿はセンシティブ」』


「だぁれが痴女だゴラァ!?」


 コメントを拾い、ノータイムでキレ散らかす千代子。


『ヒエッ』

『こわい』

『怒らないで』

『百合(GL)じゃなくて薔薇(BL)なんだよなぁ……』


「あ、BLボーイズラブコラボ配信は本日20時にカメちゃんのチャンネルで行いますので、どうぞ皆様、そちらの方にもお越し頂けますれば」


 宣伝を挟みつつ、


「えー、明治時代と云えば皆様、何を思い浮かべますでしょうか?

 御一新? 文明開化? 富国強兵?

 戊辰戦争? 日清日露戦争?

 水道? 電気? 

 鉄道? 汽船? 自動車?

 カレーにカツレツ、コロッケにシチューに

 何もかもが新しい、まさに激動の45年間でございます。

 さて、わたくしども女性の身で真っ先に思い浮かびますは、『解放』と『抑圧』と云う矛盾した2つの言葉でございます。


『その子二十ハタチ 櫛にながるる黒髪の おごりの春のうつくしきかな』


 かの有名な与謝野晶子『みだれ髪』の一句にございます。

 それまで馬に乗れる身分――武士にしか許されなかった袴を身に着け、革製のブーツを闊歩カッポ闊歩カッポと打ち鳴らし、棚引く黒髪を誇示して歩く女学生たち」


 正確には、女学生たちが身に着けた袴は股の分かれた『馬乗り袴』ではなくスカート風の通称『女子袴』だけど。

 いかんいかん、千代子の配信に集中せねば。


「『モダンガール』という言葉が出てくるには大正を待たねばなりません。女性は依然として強大な家父長権に支配され、男性の『所有物』として扱われておりました。

 女性が社会に進出し始め、そうでありながらも、例えば初代ミスコンに選ばれた末弘ヒロ子女史が『はしたない』というだけの理由でかの乃木希典から退学処分を下されるような、抑圧されていた最後の時代。

 そんな時代にあって、やりたい放題好き放題に生きている少女がひとり」


 画面が暗転し、パッと一枚絵が映し出される。

 オギャりによって神に至った僕がこの数時間のうちに描き上げた、千代子と家族が洋風テーブルの食卓を囲むイラスト。


 千代子が立ち絵を操作して、羽織を脱ぐ。

 枕が終わり、本編が始まる。

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