16「僕こそがオリジナルだ」
慌ててPCを立ち上げると、Twitterの小説『明治千代子(の拳)は斯く語り』の宣伝ツイートに対するリプライが山のように届いている!
『お前、何者?』
『千代子のパクりか?』
『明治千代子との関係は?』
『パクってんじゃねぇよ』
といった、僕と千代子の関係を疑問に思うコメントや、僕をパクリと断じるコメが溢れている。
「とにかく、今日は沈黙を保っとき」千代子がスマホを見せてきて、「明日のお昼配信で『明治千代子(の拳)は斯く語りき』についてウチから触れるから」
千代子は、学校のない日はいつもお昼に1時間程度の配信をやっている。
春休みに入ってからは毎日欠かさずだ。
今日の神戸観光ガ
千代子のスマホには、
『明日のお昼配信にて、重大発表在り
#チヨコレヰト』
という、つい先ほど投稿されたばかりの、『明治千代子』アカウントのツイートが表示されている。
『#チヨコレヰト』と言うのは明治千代子が配信時に使うハッシュタグだ。
千代子と『チョコ』を掛けてるわけだけど、厳密に言うと、某明治的お菓子メーカーは大正時代を待たなければ設立されない。
まぁそんなことを言い出したら、森鴎外の『ヰタ・セクスアリス』も明治千代子が生きる1903年(明治36年)時点では未発表であり、どころか森林太郎は日清・日露の戦で軍医として忙しい。
千代子が配信中に度々引用する夏目漱石も、処女作『吾輩は猫である』を世に出したのは1905年のことだ。
小説『明治千代子(の拳)は斯く語りき』では時代考証にうるさい彼女でも、史実を重んじるあまり明治の文豪たちという恰好のネタを見送るような、つまらないことはしないらしい。
『まんまVTober明治千代子じゃん』
『パクリって言うか二次創作だろ? 問題ないよ』
『二次創作ならそう名言しとくべきだろ』
『あなたが書く千代子も可愛いですね!』
たまに肯定的な感想もあるものの、大半はパクリだ何だと否定的なコメント。
これが、炎上というやつか。
――――……
今まで僕は、投稿サイト『カクヨム』においてもTwitterにおいても、炎上はおろか否定的なコメントを書かれたことすらロクになかった。
そもそも読者から何かしらの反応をもらえることが
圧倒的無反応――それが世間の、僕に対する反応だった。
だから、プラスであれマイナスであれ、反応がもらえるということが本当に嬉しい。
「へぇ?」僕の笑顔を見た千代子が、笑った。「ええやん、そのメンタルは忘れんようにしぃや。アンタはこれからどんどん有名になって、批判や炎上なんて日常茶飯事になるんやから」
さすが、ケンカっぱやいキャラの所為でしょっちゅう燃えてる大物ライバー様は言うことが違う。
「はーっ、喉渇いたわ。ビールとかないん?」
「はぁ?」麦茶のコップを手に取る。「あるわけないやろ。未成年の一人暮らしやで?」
「だって、明治千代子が飲んどったやろ? 資料として置いとるかと思て」
「ぶーっ」思わず、口に含んだ麦茶を噴き出してしまった。
「きたなっ!」
「ご、ごめんごめんっ!」
慌ててタンスから雑巾を取り出してテーブルと床を拭く。
「ってか何で知っとるん!? 千代子がデビューしたときに、酒と煙草の下りは全部消したはずやのに!」
……そう。
実は、VTuber明治千代子がデビューする前の『明治千代子(の拳)は斯く語りき』では、明治千代子は17歳ながら、バリバリに酒と煙草を
基本、千代子はワルだからね。
とにかく娯楽が少なく、そして健康に対する意識が低かったこの時代、人々はよく酒を呑み、煙草を呑んだ(煙草は『吸う』ではなく『呑む』と表現された)。
煙草なんて、体に良いとすらされていた。
肺がんで死ぬよりも、他の病で死ぬ方がずっとずっと早かった時代だ。
陸軍将兵の多くは脚気で死に、
正岡子規は肺結核で死に、
夏目漱石は胃潰瘍で死んだ。
とは言え、それはあくまで史実の話。
可愛いVTuber明治千代子がデビューした当時、早々に彼女にドハマリした僕は、自分の小説から千代子の飲酒・喫煙シーンを軒並み廃し、酒は牛乳に、煙草は甘味に置き換えた。
彼女はどうやら僕の小説版『明治千代子』をモデルにしてくれているらしく、そんなVTuber明治千代子が酒や煙草を始めたら大変だと思ったからだ。
幸い、明治といえば明治
あと神戸といえば洋菓子・和菓子店の神戸風月堂が有名だ。
過去の配信で、千代子が『今日は間抜けな
「言うたやん、1年半前から読んどるって」
「せ、せやった……」
「ウチのデビューに合わせて改稿してくれたのに気付いた時は、正直震えたわ。ウチ、デビュー前、千代子に成りきるために徹底的に千代子のマネしとった時期があってな」
「え? まさか――」
「酒と煙草やったら親にめっちゃ怒られて」
「当たり前やろがい!!」
「でも、千代子がやってることを曲げたくはなくって……正直悩んどったところに、コンブ太郎センセが改稿してくれてな」
なんてこったい。
お互い顔も知らないような状況下で、以心伝心だったというわけか。
嬉しいやら、おもはゆいやら。
🍼 💝 🍼 💝
千代子は自分の城に引っ込んだ。
とはいっても寝たのではなく、PCで何やら作業をしている。
きっと明日の配信準備か何かだろう。
2段ベッド1階のカーテンも開きっぱなしだ。
彼女の寝間着姿にも、たいそう助かってしまった。
さて僕はというと、際限なく投稿され続けるリプライを眺めている。
『だいたいお前、千代子の何やねん』
『千代子リスペクト?』
『千代子からフォローされてる理由は?』
『千代子の二次創作を千代子が気に入ったってことか?』
『パクリとか二次創作とか言ってるやつ、1話目の投稿日見てみろ』
ふと、トーンの違うコメントを見つけた。
『千代子のデビューより1年以上前だぞ。リスペクトしてるのは、パクってるのはVTuber明治千代子の方だ』
そう、そのとおり。
僕が、僕こそがオリジナルだ。
『千代子がパクってるってこと?』
『千代子がエゴサしてたら同じ名前の小説を見つけて、たまたま似てる設定だったから作者に断ってネタとか時代考証を使わせてもらってるとか?』
『名前も生まれも年齢も外見も言動も何もかも合致していて「たまたま」なんてあるかよ。
間違いない。こいつ、千代子の「推し」だ。
千代子がこいつの小説を元ネタにVTuberデビューして、満を持してのコラボ開始ってわけだよ。
おい、コンブ太郎見てるんだろう? 何とか言えよ』
もちろん見ている。
増え続けるコメントを、F5キーを連打しながらずっと追いかけている。
……クソ、千代子に止められてなければ、この人の感想に返信したのに。
脳内で、承認欲求が満たされていく音がする。
じゃぶじゃぶ、じゃぶじゃぶ。
長い間からっからだった僕の承認欲求が、ものすごい勢いで潤っていく。
🍼 💝 🍼 💝
日付が変わった。
「電気消してもええ?」
「ええよ」
部屋の電気を消すも、千代子はデスクライトがあるので作業に支障はないようだ。
「寝ぇへんの?」
「ウチはショートスリーパーやから。神戸はさっさと寝てまい。明日も3万字書いてもらうんやからな」
「うへぇ」
ベッドに潜り込む。
ホント、気を付けないと頭ぶつけそうなくらい、狭いな。
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