14「推しに迫られる」

 推しの裸体をばっちり視界に収めてしまいながらも0.5秒で正気に戻り、脳内のダムを緊急開放して、膨大な量の理性を放出した。

 無限の意志力でもって推しの裸体から顔を逸らして目をつむる。


「なっ!?」


 千代子の慌てた声と、衣擦れの音と、それから、


「バカ! アホ! スケベ! ヘンタイ!」


 ぼかすかと胸板を殴られる。

 あぁ……千代子の罵倒助かるなぁ。

 永遠に聴いていたい。録音して目覚ましに使いたい。

 けど、とにかく今は、早々に退散しなければ!


「見てへんから! すぐに外出るから、はようどいて!」


 よこしまな考えを必死に抑え込んで弁明すると、


「え? ……マ? うわ、ホンマに目ぇつむっとるし。アンタもしかしてホモ?」


「ホモちゃいますノンケです!」


「801穴付いとるんちゃう? 男性化千代子 × コンブママとかたぎるんやけど」


「そんな穴は実在しません! あとナチュラルに僕を『受け』にすんのやめろ! あ、でも男性化千代子はちょっとやってみたいかも」


 千代子はときどき、BL大好きなところを見せて男性リスナーをドン引きさせるところがある。


「いや、だって……推しの裸を前にしてそんな反応って……マ?」


「何やの……見てもええんか? ええんやったら見るけど」


「ええわけあるかぁ!」


 また、胸板を殴られる。


「うげっ、どっちやねん……」


「あっ、もしかして彼女おるとか!?」


「…………………………………………おりませんが何か?」


「過去には?」


「何でンなこと答えなアカンねん!?」


「教えてくれんかったらフォロー外す」


「ヒエッ…………………………………………いたことありませんが」


「――DT?」


「どどど、DTちゃうわ!!」


 DTである。


「…………………………………………へぇ~?」


 何やら千代子の声が、妖艶な笑みを含んだものになった。

 なまじ目を閉じているだけに、千代子の耳舐めASMRのときに感じたような劣情がせり上がってくる。


「で、見たんやろ?」


「……何が?」


「アンタが描く『明治千代子』ってロリ巨乳やんなぁ」


「う、ウケると思って」


「で、どうやった、ウチの体」


「どう、とは?」


「だから、見たんやろって」


 見た。

 そりゃもう全身、上から下までくまなく見てしまった。

 千代子は僕より頭半分ほど背が低い。

 僕も大柄な方じゃないから、彼女は同年代から見ても背が低い方だろう。顔も幼い。

 そして、なま千代子のバスト。

 それはもう、言語を絶するほどに巨大かつ完璧な形をしていた。

 リアル・ロリ巨乳がそこにいた。


 けれど『理性』のダムを緊急開放した今の僕はひと味違う。

 実にクールだ。

 冷静そのものだ。

 こんな小娘の挑発なんかで揺らぎはしない。

 千代子の意図はよく分からないが、こんなところで下手に彼女に手を出して、手が後ろに回るのなんて絶対にごめんだ。

 そこまでいかなくても、千代子からの心証を悪くしてフォローを外されるわけにはいかない。


「……そもそも僕が好きなんは、再三言うようにVTuber明治千代子であって中の人やないんやって」


「バーチャルなちちよりリアル乳やで、旦那ぁ」


「誰が旦那やねん――ん? あぁ、僕も千代子のファンやから『旦那様』か。とにかく、僕には中の人とどうこうする気は一切ないんで悪しからず!」


「はぁ~~~~ッ」体から千代子の体重が消えた。「……自信失くすわホンマ」


「目を開いても?」


「ええよ」


 言われて目を開けば、バスタオル一枚の千代子が、つまらなそうな目で僕を見下ろしている。

 千代子の冷たいまなざし、助かる。


「ほな僕はこれで……」


 そそくさと退散し、換気扇を切ってから、後ろ手に脱衣所の引き戸を閉める。

 そのまま、その場で尻もちをついてしまった。


「ふぅぅ~~~~……」


『胸が早鐘を打つ』再び。

 この鼓動が、千代子にバレてなければいいんだけど……。





   🍼   💝   🍼   💝





 ほうほうのていでリビングに戻り、モニタを覗き込んで硬直した。


「な、え、こ、これ――」


 Twitterのフォロワー数、数百人増!

 ピン止めした『明治千代子(の拳)は斯く語りき』の宣伝ツイートへのリツイート、数百件増!!

 同ツイートへのいいね、千件増!!!!!!!!


「な、な、なんてこった……」





 バズってる!!

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