8「炎上後の初登校」

❖月曜日 朝 / 神戸かんべ 耕太郎❖



「ほら、さっさと食べて学校行くし」


 僕はいつもの手クセでTwitterを開いてしまい、


「うっ」大量の殺害予告に、吐き気をもよおす。


「あーもう。豆腐メンタルなんだから」


 有栖川ありすがわが抱きしめてくれる。

 心がすっと楽になる。

 有栖川は驚くほど優しい。


「これ、お弁当」


「そんな、何もそこまでせぇへんでも」


「罪滅ぼしだし」


「もう許したよ」


「あーしの気が収まらないの。ほら、行くよ」


 制服に着替えた有栖川に手を引かれ、僕は慌てる。


「一緒に出たらウワサになってまうやろ!?」


「何。神戸、あーしみたいな美少女と一緒に歩きたくないって言うの?」


「自分で言うんか……やなくて、悪いウワサになるやろ。学校のヤツらもきっと、盗聴動画の件で僕の正体に気付いとる。そんな、炎上真っただ中の僕と一緒におるところなんて見られたら」


「それでいいの。神戸が燃えるってんなら、あーしも燃える」


「交友関係が壊れるかも――」


「覚悟、決めたから」


 そうまで言われてしまっては、有栖川の手を拒絶できなかった。

 僕は有栖川と一緒に街に出る。


 しばらく歩いて、歩いて、視界のあちらこちらに同じ制服の学生が見えるようになると、とたんに動悸が激しくなってきた。

 ……思えば、僕と千代子は明らかに怪しかった。

 いつも2人で隠れてコソコソしてたし、千代子なんてまんま『明治千代子』で学校に通ってたし。

 有栖川が僕たちのヒミツを突き止めたみたいに、学校の中に僕らのことに気付き、盗聴器を仕掛けた犯人がいるかもしれないんだ。

 それに、今視界に映っている学生たちの中には、僕に殺害予告をしてきた人だって紛れ込んでいるかもしれない。


 足が震えた。

 気が付けば立ち止まっていた。


「く、くそっ」


 僕は自分の足を殴る。けれど足は動いてくれない。


「大丈夫」有栖川が、ぎゅっと手を握ってくれた。「あーしがついてる」


 とたん、自分でも驚くくらい気持ちが和らいだ。

 僕らは再び、歩き出す。





   🍼   💝   🍼   💝





「もうええって」いよいよ学校が近づいてきて、周囲の目が気になりだした。「これ以上はさすがに。手ぇ離して。別々に教室入ろ。な?」


「ダメだし。ママと娘は一蓮托生っしょー?」


 結局、有栖川は教室に入るまで手を離さなかった。

 有栖川親衛隊がぎょっとしたが、有栖川は構わず、僕の手を引いたまま教室に入る。


「え、何それ?」親衛隊の筆頭・ナントカ陽子さんが半笑いで聞いてきた。「それ何」


「陽子にはカンケーないし」


「は? カンケーないわけないでしょ!? ウチらのグループはどうなるのよ!?」


「アンタが勝手に作ってただけでしょ」


「抜けるっての?」


「とにかく、そういうことだから」


 ……クラスは、凍りついている。





   🍼   💝   🍼   💝





「だ、大丈夫なん?」


「何が」


 お昼。

 またしても有栖川に手を引かれ、僕らは屋上に行く。


「有栖川のグループが」


「ホント言うとね」有栖川がため息をついた。「負担だったの。あの子たちのTwitterを巡回するのも、流行のアイテムをチェックするのも、興味ないトレンド動画を4窓2倍速で頭に叩き込むのも。まぁ心配しないでも、そんなにひどいことにはならないから」


 事実、1限目、2限目の休み時間は遠巻きだったクラスの連中も、3限目の休み時間あたりからは、ちらほらと有栖川に話しかけるようになっていた。

 ……話題のほとんどは、僕と千代子に対する疑惑だったけど。

 僕に気を遣っているのか、直接僕に聞いて延焼するのが怖いのか、幸いにして僕に直接聞いてくるヤツは今のところいない。

 もちろん、有栖川は何も答えない。

 だから、疑惑は疑惑のまま。


「大丈夫だから」お昼休みの屋上の陰で、有栖川が生心音ASMRをしてくれる。「神戸はあーしが支える。世界の全部が神戸の敵になったって、あーしは最後まで神戸の味方だから」





   🍼   💝   🍼   💝





 そうして、不思議な共同生活・依存生活が始まった。

 有栖川はびっくりするほど優しかった。

 僕が殺害予告や周囲の視線、コソコソ声に怯えるたび、生心音ASMRをしてくれた。

 僕らが四六時中一緒にいる、と学校中でウワサになってもなお。


 ふわふわとした、不思議な日々だった。


 夜には有栖川に乞われるまま、ヱリスの絵を描いて過ごした。

 千代子には、こちらから何度も連絡を送った。けど、回答はなかった。

 相変わらず、ネットは僕らをオモチャにして遊んでいる。

 鳴りやまない通知と無数の殺害予告。

 増殖し続ける盗聴動画の複製動画。

 状況はちっとも改善しなかった。

 ますます悪くなっていった。

 そうして数日が過ぎた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る