7「隣に有栖川のいる生活」
❖翌日、日曜日 朝 /
味噌汁の匂いで目覚めた。
「……千代子?」
「ひっどい。手料理作ってもらっておきながら、別の女と勘違い?」
「あ、
「顔、洗っといで。ごはん、できてるから」
アツアツごはんとみそ汁、昨日のお惣菜の残り。
今朝は何だかすっきりとしていて、不思議と食事が喉を通った。
「今日は一日、ここにいるから」
「う、うん」
宣言どおり、有栖川は僕に寄り添ってくれた。
僕は運び込まれたままだった段ボールを開梱し、新しい部屋を作っていく。
作業机と戸棚を部屋の隅に設置すると、12畳間がとてつもなく広く見える。
「ダンスできちゃうんじゃない?」
「下の階の迷惑になるから、やめてもろて」
「あはは。冗談だし」
作業机の上にモニタとパソコンを設置し、配線していく。
このマンション、なんと無料で光ファイバが使えるらしい。マンスリーマンションってそういうものなの?
あ、前のマンションの電気水道ガス通信の解約手続きしなきゃ。住所変更届も。
パソコンの電源を入れ、ネットワーク設定を確認する。
ブラウザのアイコンをクリックすると、秒でTwitterが立ち上がった。
「……見ない方がいいよ」
有栖川が僕に目隠しをしてきた。彼女の冷たい手指が、僕のまぶたに触れる。
「でも」
「絶対、やめた方がいいって。こういうのって、あることないこと好き勝手書かれるものなんだから。気にしたら負けだし」
それでも僕の手は、Twitterの通知アイコンに伸びてしまう。
小説『明治千代子(の拳)は斯く語りき』の宣伝を始めるためにTwitterを始めてからというもの、特に『コンブママ』として活動し始めてからのこの1ヶ月間、毎日毎時毎分毎秒エゴサし続けてきた習慣は、そう簡単にやめられるようなものじゃないらしい。
通知アイコンをクリックした。
とたん、
『コンブ殺すコンブ殺すコンブ殺すコンブ殺すコンブ殺すコンブ殺すコンブ殺すコンブ殺すコンブ殺すコンブ殺すコンブ殺すコンブ殺すコンブ殺すコンブ殺すコンブ殺すコンブ殺すコンブ殺すコンブ殺すコンブ殺すコンブ殺すコンブ殺すコンブ殺すコンブ殺すコンブ殺すコンブ殺すコンブ殺すコンブ殺すコンブ殺すコンブ殺すコンブ殺すコンブ殺すコンブ殺すコンブ殺すコンブ殺すコンブ殺すコンブ殺すコンブ殺すコンブ殺すコンブ殺す』
「――うっ」猛烈な吐き気。
「ほら~。だから言ったし」有栖川が僕の手の甲越しにマウスを動かし、Twitterを閉じる。「ほら、おいで」
それから、生心音ASMRをしてくれた。
……落ち着く。あらゆる恐怖が溶けていく。溶けていく。僕は安心感に包まれる。
🍼 💝 🍼 💝
有栖川は優しかった。週末の間、ずっと僕に付き添ってくれた。
僕がネット上の罵詈雑言や殺害予告に怯えるたび、生心音ASMRをしてくれた。
僕は有栖川に乞われるまま、ヱリスの絵を描いた。
絵を描いている間は無心になって、恐怖を忘れることができた。
ボディガードさんに見守られながら2人で買い出しに行って、2人で夕食を作って食べた。
夜には生心音ASMRをしてもらいながら眠った。
千代子からの連絡は来なかった。
千代子のことを思い浮かべると、千代子に対する愛情より先に現状に対する恐怖が勝ってしまうから、次第に千代子のことを考えないようになっていった。
日曜日の夕方ごろにはもう、千代子の顔も上手く思い浮かべられなくなっていた。
僕はなんて薄情な人間なんだろう……。
――そうして。
「おはよう、神戸」
月曜日の朝が来た。
来てしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます