23「有栖川危機一髪」
❖翌日、木曜日 23:30 /
ひどい寒気で、目が覚めた。
4月も半ば。近頃はすっかり暖かくなってきたっていうのに。
胸騒ぎがして、あーしはスマホで『チームコンブ』共有メールボックスを開く。PV投稿完了受付メールが届いていない。
「……ヘンだ」
口に出してつぶやくと、目が冴えた。
あーしは飛び起きる。ベッドからはい出し、ギリ外出が許せる格好に手早く着替える。
明かりの灯るリビングをこっそりと横切り、音もなく家を出た。
ヘンだ。
ヘンだヘンだヘンだ!
PV大会に応募している個人勢は当然、あーしたちだけじゃない。
それはもうたくさんの個人勢たちが応募している。
そして、そんな個人勢たちがTwitterや配信などで口々に、
『応募受け付けましたメールが届いて安心した』
と発信していたのだ。
今回、あーしらのPV動画は『チームコンブ』の共有アドレス名義で投稿することになっている。
そのメールボックスに、受付メールが届いていないということは。
「マズイマズイマズイ! 何かあったの!? もうあと20分もないし!」
深夜の道を、
――ピンポーン
23:55。
汗だくのあーしは神戸の部屋のインターホンを叩く。
――ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポーン!
神戸も千代子様も出てこない。
「あーもう! 怒んないでよ、ママ!?」
神戸はあーしが彼のパーソナルスペースに入ってくるのを嫌がる。
過去にあーしがやらかしたことを思えば、それは当然のことだと思う。が、今は急を要する。
あと5分もないんだ!
『万が一の時のために』と預けてもらっていた合い鍵を使い、あーしは神戸宅に突入する。
リビングに駆け込んで、目を剥いた。
床の上で、神戸と千代子様が倒れていたからだ!
「ちょっ……!?」
なになに、事件!? 強盗!?
慌てて駆け寄り、神戸の脈を取る。
「……い、生きてる」
続いて千代子様の脈も。
2人とも、安らかな寝息を立てている。
まさか寝落ち!? ウソでしょ!?
あーしは神戸のPCにかじりつく。幸い、本当に幸いなことに、画面はロックされていなかった。
画面右下の時計は、23:57。
23:57!?
もう、3分もない!!
PC上では、動画ファイルがたくさん入ったフォルダと、OBS Studioと、ブラウザが立ち上がっている。
ブラウザに映っているのは、PV応募サイトだ。氏名・連絡先その他必要事項は入力済みで、あとは動画ファイルを添付して投稿ボタンを押すだけ。
あーしは動画ファイルを添付しようとして――
PV大会応募動画_明治千代子_Ver0.01
PV大会応募動画_明治千代子_Ver0.02
PV大会応募動画_明治千代子_Ver0.03
PV大会応募動画_明治千代子_Ver0.10
PV大会応募動画_明治千代子_Ver0.11
PV大会応募動画_明治千代子_Ver1.00
PV大会応募動画_明治千代子_Ver1.00_最終版
PV大会応募動画_明治千代子_Ver1.00_最新
「どれ!? どれが正解!? ねぇ神戸! 神戸起きて! 起きてってば!」
しかし、神戸は起きない。
手が震える。脳がひりつく。
フォルダを更新順にソートしてみたところ、『PV大会応募動画_明治千代子_Ver1.00_最新』の方が上に来た。ってことは、『最新』が投稿すべきファイルってこと!?
いや――
突然、あーしは電撃に打たれたみたいにひらめいた。
OBSで開きっぱなしの動画ファイルを保存する。
果たして、『PV大会応募動画_明治千代子_Ver1.00_最終版』の更新日が最新になった!
神戸が直前まで触っていたファイル――これが正解だ!!
あーしは震える手で動画ファイルをブラウザに張り付ける。
じりじりと、恨めしいほどゆっくりと、アップロードのバーが伸びていく。
早く早く! 急いで!
100%になった。
と同時に、あーしは投稿ボタンを押した!
23:59――24:00
あーしは確かに一瞬、画面右下に輝く『23:59』の文字を見た。すぐに24:00に変わってしまったけれど、きっと、確かに。
ムーッムムッ
スマホの振動。
開いてみれば、『ライバーズハイPV大会へのご応募、受け付けました』というメールが!
「やった! 良かった、間に合ったぁ~!!」
「んんぅ、何……?」
そのとき、爆睡していた神戸が、もぞもぞと起き上がった。
続いて千代子様も。
「何、じゃないしバカ神戸!」あーしはキレた。さすがにキレても良い案件だろこれは!「動画! 投稿できてなかったよ!?」
「「――えっ!?」」
絶叫する2人。
それを見て、あーしは留飲を下げてやることにする。
「まぁ、あーしが代わりに投稿しておいてあげたけど」
「「はぁ~~~~……」」
とたんに脱力する2人。
あはは、面白い。
「驚かさんといてーや、有栖川。――あっ」神戸があーしを咎めるような顔つきになって、「最新版! ちゃんと最新版送ってくれたやろな!?」
「最新版? 最終版じゃなく?」
「あーもう!」いらだたしげに、神戸。「とにかく正となるファイル!」
……さすがに少々、腹が立った。
自分は幸せそうに寝落ちしておきながら、代わりに送ってあげたあーしにその言動は何?
先に言うべきこと、あるんじゃないの?
とは言えあーしには、神戸の気持ちも良く分かった。
あーしにも、渾身のダンスを下手くそな編集で粗末に扱われて、動画を編集してくれた相手に『ありがとう』を言うのも忘れ、キレてしまった経験がある。
フォルダの中に並んでいるVer1.00だか最新版だか最終版だかのファイルたちはいずれも、神戸が命を削るような思いで作った渾身作なんだろう。
それを、動画編集には直接関わっていないあーしに勝手に選ばれて投稿されてしまった……そういう怒りがあるのだろう。その気持ちが痛いほど分かる。
だからあーしは、あいまいに笑って流してやることにした。
「神戸、アホ!」代わりに、千代子様が怒ってくれた。「アリスちゃんは、ウチらの尻拭いをしてくれたんやで!? 先に言うことがあるやろ!」
とたん、愕然とした表情になり、罪悪感で押しつぶされそうな顔になる神戸。
「ほら、神戸」
「ごめん、有栖川。本当にごめん! そしてありがとう!」
千代子様に頭を押さえられ、土下座する神戸。
千代子様も、一緒に頭を下げてくる。華道でもやってるのかな? 驚くほど綺麗な座礼――じゃなくて!
「頭を上げて、千代子様! 神戸も! 怒ってないから! ちょっと寝ぼけてただけだよね?」
「本当にごめん」神戸が頭を上げる。「助かったよ。有栖川がチームに入ってくれて、本当に良かった」
「えへへ~。あーしってばママの娘ですから」
「せ、せやな! ただ」神戸が不安そうな顔になって、「投稿してくれたファイル、編集しかけとかになってへんかったやろか。大丈夫かな……」
「そんなに心配なら、視てみればいいし」
今、PC上で表示されているファイルこそが、たった今投稿したファイルなのだから。
あーしが動画を再生しようとすると、
「ま、待って!」神戸が制止した。「もし中途半端なやつやったら、って思うと。もう投稿し直しはでけへんし」
神戸の弱いところが出てきた。
相変わらず気弱というか何というか。
「それこそ、視ても視なくても結果は変わんないでしょー? はい、再生」
「あっ」
動画が始まった。
「…………え?」
あーしは、愕然となる。
その動画の内容は――
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