22「神戸の内心」
❖翌日、水曜日 夜 /
『初夜配信』は話題になったよ、それはもう。
千代子のセンシティブボイスまとめなんて、一晩で10本近くUPされた。
pixivを『明治千代子』で検索してみれば、
みんな、動きが早いなぁ……。
『いやぁ、それにしても盛り上がったね初夜配信!』
『驚きましたね。まさか本当にやるとは』
自席のPCのモニタでは、まとめ動画配信者『バーチャル・ニルヴァーナ』さんと、
『あれ、台本はコンブママが書いているんですよね?』
『明治千代子さん自身がそう言ってたね。明治千代子さんはもとより、コンブママもだいぶ狂っておいでのようです。あ、良い意味でですよ?』
……まぁ、自覚はしている。
「ぐああああっ! また
「あぁ、今度エペ配信やるんやっけ?」
大正マロンとのコラボ配信だったか。
アクションゲーが苦手なことで有名な千代子をFPSコラボに誘うとは、大正マロンも意地が悪い。
まぁ撮れ高はあるだろうけど。
「まぁ、人並みには」
「教えて!」
「うーん」
正直、僕は忙しい。何しろPVの投稿締め切りが明日の23:59だからだ。
有栖川の先輩バンドによる曲はとっくの昔に上がってきており、有栖川による振り付けもカンペキ。
千代子は先輩バンドと有栖川による指導をスポンジのごとく吸収し、それはもう見事な歌とダンスを披露してくれた。
千代子の歌声と、千代子のダンス――スタジオでモーションキャプチャーで撮影したデータは僕のPCの中にある。
残る仕事は僕のものだけだ。
斯く言う僕の仕事も佳境を迎えている。
3D新衣装は作成済で、モーションキャプチャーのデータに当てたうえで違和感のあった部分も修正済。
PVも骨子は完成していて、何度も見返した。
今は、最後の最後の調整――キャプションのフォントを何にするだとか、背景の色合いをどうしようだとか、要所要所のエフェクトは何を使おうだとか――で悩んでいる段階。
PVは1分30程度。
もう何日も睨めっこしてきた所為で、何秒時点でどんなシーンが来るのか全部暗記してしまっている。
こうなってくると、PV内容がゲシュタルト崩壊気味というか、各シーンの背景の色や柄に何が最適なのか何ならアガれるのか、何ならエモさを出せるのかが分からなくなってくるんだよね。
絵でも小説でもそうだけど、ずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと同じものを眺め続けていると、何が正解なのか分からなくなってくる。
そういうときは、いったん離れるに限る。
ってわけで、忙しいにもかかわらず、『バーチャル・ニルヴァーナ』さんの動画を見ながらニヤついていた僕である。
だから、千代子の提案は渡りに船。
なんだけれど……
「どうしよっかなぁ」わざと冷たいことを言ってみると、
「もう! 神戸のイジワル!」千代子の上目遣い攻撃!
あっ(尊死)。
🍼 💝 🍼 💝
「アッアッアッ、また撃たれた!」
「ほら、撃たへんときは遮蔽物に隠れてしゃがむ! 撃ったらまたすぐしゃがむ! 頭出してるから撃たれるんよ」
「しゃがみってどのキー!? 代わりにやってみて!」
千代子が僕をモニタの前に座らせて、背後からモニタをのぞき込んでくる。
どでかいバストが僕の左肩に乗っている……わざとか? さすがにわざとだろ、これ。
……初夜配信以降、千代子の距離が妙に近い。
胸なんて、おぎゃりのとき以外で触らせてくれたことは一度もなかったのに。
やっぱり、僕が千代子のことをそういう目で見てしまったのに気付かれたのか。
でも、だからって、どうしろって言うんだよ。
『なぁ、ウチらもセンシティブしようや』
昨夜の千代子の、あの発言。
あのとき僕が千代子に襲いかからずに済んだのは、自分に自信がなかったからだ。
だって、相手はあの『明治千代子』だぞ?
今やチャンネル登録者数が25万にも届かんとしている、個人勢の中では『稀有』とも言うべき超大物アイドルVTuberだ。
かたや僕は、このとおりイケメンでもなければ背も高くない、女顔のひょろメガネ。
いくら僕が千代子の【ママ】だとはいえ、主導権は千代子側にある。僕はあくまで、千代子に寄生している情けない立場だ。
千代子はきっと、そんな僕をからかっているだけだろう。
そりゃ僕だって男だ。
自分の理想の女性を受肉させたような美少女に迫られて、何も感じないわけがない。据え膳食わぬは何とやら。
……だけど僕には、自信がない。
もしも、いざ僕が千代子に迫ったとして、嫌がられたら? こっぴどくフラれてしまったら?
この、心地良い共依存関係が壊れてしまったら?
僕は、それが怖い。
だから僕は、こう考える。『千代子が好きなのはコンブママだ。僕じゃない』
有栖川にしたってそうだろう。
僕の存在意義は、イラストと原作小説。
僕はあくまで【ママ】として振舞うべきだ。
「神戸? おーい、神戸」
「あぁ、ええと……」ヤバい、考え込んでた。「そもそもエイムも十分にでけへん千代子の場合、キーボードとマウスでプレイするより、パッドでエイムアシストに頼った方がええよ」
「パッド? ウチにパッドなんて要らんで」千代子がより一層胸を押し付けてくる。「知っとるやろ? エッチなコンブママ」
「……ごくり。あぁもう!」
千代子の胸を押しのけて、タンスの中から
「やん。神戸のエッチ」
「はっ倒すぞ!?」
🍼 💝 🍼 💝
「神戸の動きはっや!? アッアッアッ、もっと優しく!」
「あははっ、千代子トロ過ぎ! おばあちゃんかよ!」
無人
「ほらまた棒立ちしとる。撃ってないときは常に移動!」
「んなこと言われても」
「ちんたら歩いてないで、バニホせぇとは言わんけど、せめて走って」
「神戸のイジワルぅ……あ、せや。明治千代子がFPSする話書かへん?」
「はぁ?」
「千代子が村田銃引っ提げて二〇三高地で無双すんねん」
「いやさすがに無理があるやろ。あと日露戦争の主力は村田やなくて有坂銃こと三十年式歩兵銃と、その発展型の
「あはは。急に早口で喋り出すやん」
くっ……明治大正ヲタクの血が騒ぐ!!
テルンテルン♪ テルンテルン♪
ふと、千代子のPCから通知音。
「あっ、マロンからや」
「うぉっ、もうこんな時間!? 夕飯
「ウチ寿司がいい!」
「あいあい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます