21「■■■の内心」

❖同時刻 / ■■ ■■■❖



 私の心臓は、痛いほどに高鳴っている。

 神戸かんべが出ていったドアを見つめる。

 さっき神戸を挑発したとき、私は神戸に押し倒されるのを覚悟していたし期待もしていた。


 正直、焦っていた。


 私は最初、神戸のことをナメていた。

 アイツが心酔する明治千代子が押しかけてきたら、アイツはすぐに手を出してくるだろうとタカをくくっていた。

 けれど神戸は、私の生足を見ても、タオル一枚の姿を見ても、どころか全裸まで見てもなお、冷静さを保ってた。

 こんなに手ごわいDT限界ヲタクとかアリ……?

 ホモ? 二次元相手じゃないとたない人? ――それとも。


 …………………………………………私に魅力がない?


 いやいやいやいや、私だって自分の容姿には自信があるし、にも自信がある。

 けれどもし、私の容姿が彼の好みでなかったとしたら。


 恐らく明治千代子こそが、彼の好みのドストライク。

 私は外見をかなり寄せることに成功はしたけど、この垂れがちな目元だけはどうにもならなかった。

 ここのところずっと、そうやってもやもやしていた。

 いや、もやもやするくらいは何でもないのだ。

 4月の半ばまでは、時間が解決してくれると思っていた。

 時間をかけて愛を――恥ずかしいな――育んでいけば、問題ないと思っていた。

 けど、そうも言っていられなくなった。





 アリスちゃん。





 そう、突如として私の前に立ちふさがった、飛びきりの美少女――有栖川アリス。

 太陽みたいに輝く彼女に、私は敵わない。

 だって私は、『千代子』のバ美肉を着ないと輝けないから。

 しょせん、私は『月』だ。お姉ちゃんやアリスちゃんのような太陽にはなれない。

 だから、私はものすごく焦っていた。

 それで飛び出したのが、先ほどの『センシティブしようや』発言だ。


 ……いや、我ながらどうかしてた。

 そして、それでもなお神戸が手を出してこなかったことに、相変わらず焦りを感じている。

 でも、同時に安心もした。さっきの、神戸のいやらしい視線で確信したからだ。





 アイツはちゃんと、私のことが好みだ。





 トイレに入り、疼いた気持ちを鎮める。

 10分以内に彼が帰ってくるから、さっさと済ませないと。

 お姉ちゃんは、神戸みたいなひょろくて頼りなさそうな男はやめとけ、って言ってた。

 けれど私は、神戸がちゃんと強いってことを知っている。

 私が風邪を引いたときに抱き上げてくれた腕は、ちゃんとたくましかったし。

 第1目標――『明治千代子(の拳)は斯く語りき』をバズらせて、彼の力になるという目標は、達成できたと言えるだろう。小説だけでも食べていける、って彼、喜んでたし。

 第2目標も、きっと上手くいく。


 こうなればもう、攻撃あるのみだ。

 押して押して押しまくって、彼を落とす。

 彼に手を出させて、引き返せないところまで行く。


 本名を明かすのは、それからだ。

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