19「初夜配信、前夜」

❖2日後、月曜日 夜 / 神戸かんべ 耕太郎❖



 公園でダンスの練習をしたその翌日、僕らはスタジオで撮影をした。

 世はまさにVTuber全盛期。

 東京や大阪のみならず、ここ神戸にも、モーションキャプチャーを貸し出してくれるV専用のスタジオがあるんだよね。

 PV大会締切間近だからか、予約が全部埋まっていてビビったよ。

 有栖川が前もって予約してくれたから大丈夫だったけど。


 スタジオは朝から晩まで丸一日押さえてて、時間はたっぷり。

 PVの方も、台本はしっかり用意した。

 準備は万端なはずだった。

 なのに、いざ撮影を始めてみると、追加で撮らなきゃ整合性が取れなくなるようなカットがボロボロと出てきて、結局日曜日だけでは終わらなかった。


『ああ、どうしよう! 金曜日まで予約が全部埋まってる!』


 と真っ青になった僕に対して、


『そーゆーもんだし』と、有栖川が笑いかけてきた。『あーしってばこういう撮影何度もやったことあるけど、予定通り終わる方がまれだよ』


 そう言って有栖川が差し出したスマホには、『明日、月曜日16:00-18:00スタジオ予約済』との通知メール。


『神様アリス様!』


『嬉しい』


『え?』


『神戸ってば初めて名前で呼んでくれたね』


『アッソノゥ……』


『をいをいをいをい、な~にを2人でイチャついとんのや?』





 ――そうして、今は月曜日の夜。





 追加撮影が無事終わり、例の超上手い和ロックバンドからも曲が届いた。

 残すところは僕の仕事のみとなる。


 新衣装制作、PV編集、小説執筆、朗読配信の台本執筆……僕は忙しい。

 いや、ホント忙しい。けど、それはあくまでも僕の都合であって、リスナーには関係のないこと。

 リスナーを飽きさせないために、僕らは――明治千代子は配信し続けなければならない。


『それでは、乙チョコ!』


 廊下でドアにもたれかかる僕の、背中の向こうから推しのバカでかい声が聴こえてきた。

 毎日やっている原作小説の朗読配信が終わったんだ。


『なあ次の朗読配信ってまさか』

『そのまさかだよ』

『マジでやるの?』

『やるやろなあ』

『千代子とコンブママならやるだろ』

『えーでも千代子が結婚するのやだなあ』

『誰と結婚するんだ?』

『旦那様だろ』

『旦那様って誰だよ』

『俺だー千代子結婚してくれ』

『おまえじゃねぇすわってろ』

『コンブママじゃね?』

『えっコンブママ男なの!?』

『ママはママだろいい加減にしろ!』


 怒涛のコメントを眺めながら、僕はニヤニヤする。

 配信が完全に切れたのを確認してから、


「お疲れ、千代子」


 僕は、廊下から部屋へと戻る。


「最終確認やけど」千代子にフェイスタオルを手渡しながら、「マジでやるん?」


「やるやろ。ウチとコンブママなら」ニヤリと笑う千代子。


 あはは、リスナーと同じこと言うとる。


 僕らがPV制作に奔走している間も、朗読配信の方はものすごい速さで進んでいた。

 今日の配信で千代子はついに女学校を卒業し、嫁ぐことになった。

 そして、嫁いだ先でやることといえば――――……


「「初夜配信!!」」


 リスナーの間では大変な盛り上がりで、Vの者まとめ動画投稿者の『バーチャル・ニルヴァーナ』さんも、『果たして本当に初夜配信をやるのか!?』って動画を投稿してあおってた。


「知ってたけどさ~」部屋の隅で見学していた有栖川が苦笑する。「頭オカシイし、2人とも」


「「あはは」」と僕らは笑う。


「頭オカシイ人の娘が――」「妹が――」「「何か言うとるで」」


「あ、あはは……そっかー、あーし、狂人の家族だった」


 ――タカタカッターン!


 千代子の強烈無比なタイピング。


「うっし。告知ツイートしたった。これでもう、後戻りはでけへんで」ドヤ顔千代子。「っちゅうわけでアリスちゃん」


「なーに?」


「悪いけど、明日はぇへんとってな。ウチとママの2人っきりでセンシティブするから」


「…………――~~~~~~~~ッ!?!?!?」


 みるみるうちに真っ赤になった有栖川が、


「かっ」


 と叫んだ。

 ていうか『かっ』って何だ。必殺技か?


「確認なんだけど!」


「何や?」


「千代子様は、ママの娘だよね?」


 おや、『千代子様』呼びに戻ってる。

 ダンスの先生役をするときは『千代ちゃん』呼び、千代子の妹分として振舞うときは『千代子様』呼びと切り分けているらしい。律儀なヤツだ。

 ……っていうか、ん?

 千代子が黙り込んでいる。な、何やら切迫した雰囲気。

 やがて千代子が、


「せやで」


 と言った。


「本当に?」


「本当に」


 見つめ合う2人。

 何やら、目に見えない応酬めいたものが何度か交換されたあと、


「……分かったし」


 有栖川が、引き下がった。

 何だったんだろう、今の。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る