18「立ったままブリッジできるとかマ?」
❖翌日、土曜日 朝 /
――ピンポーン
「神戸~、ウチ火元から離れられへんから、代わりに出たって~」
「んぅ……」
――ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポーン!!
「ぅぅ……はいはい」ベッドからはい出した僕は、寝間着のままドアを開く。「どちら様――」
「おはよう、コンブママ!」満面の笑みの、
――そうだった。
PVの締め切りは、来週の金曜日。
土日はこれが最後なんだ。
「……ん? あ、メガネなしのレアママゲット!」
「ひゃっ!? ちょっ、待ってや! 写真撮んなや!」
「あはは。関西弁カワイイ」
「~~~~!」
休日仕様の有栖川は、当然ながら制服ではない。
ダンスウェアって言うのかな? いかにも『今からダンスするぜうぇーい』と言い出しそうなヘソ出しトップスと、ミニスカートにスパッツという出で立ち。
「あはは、ママ。『出で立ち』て。明治か! あ、明治だったし」
「……んぁ、声に出てた?」
「寝起きのママ、カワイイ~!」
「く、くっつくな!」
「を~いをいをいをい。ウチの前でイチャつくなや。アリスちゃん、朝は?」
「済ませてきたし」
「お腹は?」
「空いてる」
「あっは! 成長期。食うてく?」
「推しの手料理を断るわけもなーし!」
🍼 💝 🍼 💝
テルンテルン♪ テルンテルン♪
千代子と一緒に洗い物してると、千代子のPCから呼び出し音。
「ごめん、抜けるわ」
「うん」
千代子が彼女の城に入っていく。
僕は水を止める。防音カーテンはあるけど、念のため。
見れば有栖川も、人差し指を唇に当てて見せてくれている。何というか、つくづく気遣いのできる子だよなぁ、有栖川って。
僕の中で、有栖川に対するマイナスイメージがどんどん書き換わっていく。
『…………』
「どしたんマロン」
通話相手の声は聞こえないが、千代子の声は聞こえてくる。
どうやら大正マロンからの通話のようだ。
「もうできたん!? マロンのお父さんホンマ神!
インストールってどないやんの? このリンク? なんか警告出たけど。OKボタン? あ、できた。
うん、うん、了解。あとで感想送る。
うん。あー……でも原作朗読配信で話を飛ばすんだけは絶対したくなくて。うん、うん。くれぐれも明治大正組に延焼せんよう注意するから堪忍やで。
うん、ほな」
千代子が出てくる。
僕は浮かない表情の千代子へ、
「大正マロンからも初夜配信止めるように言われてて草」
「え、聞こえとったん?」
「千代子のでかい声だけはな」
「でかいは余計やねん。それより神戸、これ見てみて!」
「今、洗い物終わらすから……何ぃ?」
「ほら!」水戸黄門みたいにスマホを見せてくる千代子。「明治大正組のアクションゲーム!」
「へぇ!」
画面の中では、『スーパーマ〇オブラザーズ』みたいにデフォルメされた大正マロン、千代子、エリス、カメちゃん、吾輩さんのキャラがわちゃわちゃしてる。
千代子が僕に身を寄せてきて、プレイ開始ボタンをタップする。
キャラ選択は千代子。
するとスマホがカメラモードになって部屋の様子が映し出され、部屋を背景に千代子が動き出す。
驚くべきことに部屋の構造に沿って判定が発生し、千代子がシンクの中を走り、蛇口の先へ飛び乗る。
「へぇっ、マジですごいやん! どういう仕組みやろ」
「マロンのお父さんがプログラマらしくて、こうやってプロトタイプ作ってくれんねん。一般公開する際には、ちゃんとゲーム会社に金払って作り直すんやけど」
「へぇ~」
🍼 💝 🍼 💝
「ほら、やってみ」
近所の公園に着くと、千代子が僕にスマホを貸してくれた。
千代子もまた、ダンスウェア姿だ。
「わーっ、ホンマにチビ千代子が動いとる!」
僕は大興奮だ。
なまじプログラミングをかじっているだけに、このゲームのすごさが分かる。
「ほらほら、ゲームのテストは神戸に任せて、千代ちゃんは準備体操するし」
有栖川が千代子を引っ張る。
……おや? いつの間にか、『千代子様』から『千代ちゃん』に変わってるな。
「嫌や、もうちょっとだけ休憩させて! 食休みや!」
「ダメだし。時間ないんだから」
「嫌や~!」
ずるずると引きずられていく千代子。
「ぎゃ~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」
そうして、芝生の上で180度開脚させられ、有栖川に体重をかけられた千代子が絶叫している。
うわー、痛そう。僕がアレをやられたら、脚折れるかも。
🍼 💝 🍼 💝
「はい、ワンツー」
僕が千代子ゲーで遊んでいる横では、有栖川と千代子が踊っている。
公園で踊るというのが目立つ行為なのかというと、実はそうでもない。
鏡代わりの巨大な大理石の壁があるから、この公園は人気のダンス練習スポットなんだそうだ。
今も、僕ら以外に何組かが踊ってる。
「ほら、ワンツー」
「ひぃ、ひぃ」
千代子の動きもけっして悪くはない。
けど、有栖川の隣に立つと、どうしてもへなちょこな動きに見えてしまう。
というか、有栖川のダンスが上手すぎるんだよね。
それもそのはずで、有栖川は何度かアマ大会で優勝した経験を持つ、ダンス業界の有名人なんだ。
陽キャでダンスが上手で隠れVヲタで自分もVデビューとか、属性過剰もいいとこだ。
「はい、ここでブリッジ!」
えええっ!? その体勢からブリッジ!?
ひえぇええ! 有栖川が立ったままブリッジした!
あ、千代子はずっこけた。まぁ、普通はそうなるよな。
うおおおお、有栖川、続いてバク転! すごいすごいすごい!
――天才だ。
これほどの人材が僕らのチームに入ってくれたのは、本当に本当に幸いだった。
歌といいダンスといい、僕は有栖川に感謝しなきゃならないと思う。
有栖川がいなければ、僕と千代子はまともなPVを作ることもできなかっただろう。
大丈夫だ、きっと何もかも上手くいく。
当初は、僕と千代子の世界に土足で踏み込んできた有栖川の存在が、不快だった。
けれど、今はどうだろう?
もう、有栖川に対する不快感なんてまったく感じない。
……まぁ、中3のころのキモい発言とかシカトとかは本当につらかったから、有栖川のことを完全に許せる気にはまだまだなれそうにないけれど。
でも、
『ママがママでいられるために、娘が全力を尽くすのは当然』
と有栖川が言ってくれたとおり、ビジネスパートナーとして、そしてママと娘という関係性を通して接する分には、僕は有栖川に対して、一切の負の感情を覚えない。
有栖川――ヱリスが僕の娘になってくれて、本当に、本当に良かった。
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