15「神戸が電車に乗れない理由」

❖翌日金曜日、夕方 / 神戸かんべ 耕太郎❖



「待って、神戸、待ってぇや……」


 有栖川によるダンストレーニングのあと。

 千代子の宣言どおり、僕は千代子とデートすることになった。

 なったんだけど……


「あ、歩くん速い、神戸……」


 三宮の異人館に向けて歩く千代子の、様子がおかしい。

 おばあちゃんみたいになってる。もしくは、生まれたての仔鹿。

 脚をぷるぷるさせながら、かっくんかっくんと付いてきてる。

 今の千代子は、格子模様の着物を思わせるYシャツに、エビ茶色のプリーツスカートといういつもの姿。

 いつもならクルクル踊っているはずの日傘は今、杖代わりになっている。


「あはは、おばあちゃんかよ」


「アンタなぁ、アリスちゃんのダンスの特訓に参加してへんからそんなこと言えんねんで!?」


 千代子が泣きそうだ。弱音を吐くとは珍しい。


「あの子はヤバい。フィジカルモンスターや。I字バランスできるんやで!?」


「えっ!? I字って、あのバレエダンサーが片足を頭の上まで持ち上げるやつ!?」


「あと、180度開脚もできる。で、ウチにもそれを当然のように求めてくる」


「な、ななな……」


「無理やり脚開かされてしかかられたときは、マジで股関節外れるかとおもた」


「ひ、ヒエッ……そ、それでPV用のダンスの方は大丈夫そうなん?」


「バッチリ! 少なくとも、アリスちゃんの方は」


「いや、千代子の方が重要なんやけど」


「この土日が正念場やな。まぁ、ウチに任しとき! ママは心配せんで、新衣装と動画編集準備に集中しとったらええ。……ん?」千代子が首を傾げる。「神戸駅はあっちやで」


 デートの行き先は、神戸北野の異人館街。

 JR三ノ宮駅をぐんぐん北上していった先にあるから、JR神戸駅から三ノ宮に向かうのが普通だろう。

 けど。


「ごめん……電車は苦手なんよ」


「え?」


「ほら、散歩がてら歩いて行こ。早足なら30分や」


 言って国道を東に歩き出す。


「ええけど……」


 千代子が付いてくる。のぞき込むようにして僕の顔を伺ってきた。

 可愛い。


「その、何でなん?」


「電車が苦手な理由?」


「うん」


「ちょっとしたトラウマがね」


 わざと強めの言葉を使って話を終わらせようとするも、


「トラウマ」千代子が引いてくれない。「なぁ、詳しく教えてくれへん?」


「何で」


「何でも」


「――――……」


 僕は、重い口を開く。

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