13「神戸、やらかす」

❖数十分後 / 神戸かんべ 耕太郎❖



 ライバーズハイ株式会社、代表取締役社長・大神おおかみゼウス。


 背中で千代子の配信を聞きつつ、自席のPCで『ライバーズハイ』社のホームページを眺める。


 大きな神からの、全知全能神ゼウス。とんでもないキラキラネームだ。

 日焼けした、如何にもイケオジ風なオールバックのナイスガイが、『社長挨拶』のページで微笑んでいる。

 数年前に会社を興し、今や『推し』も『推』されぬVTuber界の大御所。

 大小無数に立ち上がっているV事務所の、今や最大手と呼ばれているのが、『ライバーズハイ』だ。


 大神氏自身にもその自覚があるらしく、『Vのすそ野を広げるために』と、個人勢のための活動環境――サーバを無料で公開している。

 あれは何ヵ月前のことだったか……そう、寒さ深まる12月のことだ。

 大神氏によるサーバ無料公開は、それはそれは大きなニュースになった。


 今やVTuberは、バ美肉とパソコンがあれば、誰でもなれる。

 けど、『誰でも』とは言っても、ハイクラスのCPUと相当量のメモリ、ハイエンドのグラボとSSDを積んだPCがなければ、動画編集も配信もロクにできない。

 これには最低でも10万円の、ゲーム配信なんかもするなら数十万円のPCが必要になる。

 ワイドモニター(数万円)はもちろん別売り。


 バ美肉はWebのお仕事依頼サイトで、最安値を狙えば数万円で買える。

 けど、いざそれを動かすにも相当の技術が必要で、モデリングまで面倒を見てくれる絵師には、少なくとも10万円は支払らわなくちゃならない。

 絵師にとっても1週間~1ヵ月かかるような大仕事だから、これは当然の対価だと思う。

 2Dモデリングで、それだ。3Dなら数十万仕事だろう。


 つまり、Vになるには初期投資で十数万~100万円かかる。

 これは、『誰にでも』支払えるような額じゃない。

 ましてやVに憧れるような若い世代には。


 けど、ライバーズハイ社が提供する『サーバ』は、その問題をクリアした。

 最低スペックのPCさえ持っていれば、リモートデスクトップ経由でライバーズハイ社が運用する強力なサーバを、あたかも自分のPCのように利用させてもらえるんだ。

 ライバーズハイ社のアカウントを作ってログインするだけで、自分の極貧スペックPCが、最新世代のパワフルなCPU、潤沢なメモリ、超滑らかなハイパワーグラボ、無尽蔵なSSDのハイエンドPCに早変わり!


 2Dモデリングも、至れり尽くせりな解説動画付きで、バ美肉を放り込むだけで誰でもモデリングできるようなツールの数々が揃っている。

 さすがに3Dモデリングまではムリだけど、普通のV活動をする分には2Dで十分だしね。

 配信のイロハやサムネテンプレート等の各種サポート情報も多彩だ。

 これにより、『Vになりたいけど敷居がな~』と迷っていた個人勢の大量デビューを生み、V業界はますます盛況になった。


 こんなことをしてライバーズハイ社は儲かるのか? 赤字なんじゃないの? と思うかもしれないけど、これが上手いことできている。

『サーバ』を借りている個人勢Vたちには、一定の『ノルマ』が課せられているんだ。


『メモリ何GB以上借りている個人勢Vは、何名以上のライバーズハイ公式Vを推さなければならない』

『動画・配信の最後には推しの宣伝をしなければならない』

『公式Vのツイートを月〇回以上リツイートしなければならない』


 といった風なノルマだ。

 これがまた、個人勢Vの負担にならないくらいのほどよい『ノルマ』で、個人勢Vたちが義務的にチャンネル登録していたはずが、いつの間にかその公式Vの熱烈なファンになっていたりする。

 ファン化した当人もVなので、単なる個人よりもフォロワーが多いし発言力もある。

 そんな『ファン』が公式Vを熱烈に推すわけだ。

 自然と、ライバーズハイ社による巨大な渦が出来上がっていく。


 千代子もまた、そんなライバーズハイ社の『サーバ』を借りて、ライバーズハイ社を盛り上げているVのひとりというわけだ。









 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ん?









 何か今、猛烈な違和感を覚えた。

 何だろう、何かとんでもなく大きな見落としをしているような……。


『ねぇ皆さん』


 大正マロンのキンキンとした声で、思考が現実に引き戻された。


『来週予定合うならもう一度この面子でリアルコラボをやりませんこと?』


 配信の後語り中に、大正マロンがマズいことを言い出した。


『お話に挙がった本を持ち寄って盛り上がりたいですわ』


『いいワンねぇ!』

『吾輩は行かないのである。総受けさせられては敵わないのである』

「あっ…………」


 すぐに同調するカメちゃんと、

 即座に断る吾輩さんと、

 ……リアクションに失敗する千代子。

 ヱリス――有栖川が青い顔をして千代子を見ている。


『もう今ここで日取りを決めてしまいましょう! 月曜日行ける方!』


「ちょちょちょっ」ようやく、千代子が止めに入る。「悪いんやけど、そういうんは配信後ウラでやらん?」


『何か都合の悪いことでも?』


 大正マロンが食らいついてくる。

 大正マロンは、千代子に対して少々辛辣なところがあるんだよね……。


「いや、そのな、ウチ来週は都合付かへんねん」


『都合が付かない。なぜ?』


「えーと」


『なら再来週では?』


「再来週も」


『その翌週は?』


「……ごめん、無理やねん」


『そんなこと言ってたら、もう一生コラボできませんわ』


「ホンマにごめんやけど」


『理由をお聞きしても?』


 ……うわぁ。

 大正マロン、斬り込んでくるなぁ。


「……………………こういう、リアルの都合はあんま話すのアレや思とるからアレなんやけど」


 千代子がチラリとこちらを見てから、


「ウチ今、東京におらんねん」


 そう、千代子は――正確には『明治千代子』の中の人は、そもそも東京住みなのだ。


『え、千代子って神戸っ子じゃないの?』

『いっつも神戸風月堂で氷菓アイスクリン食ってるのに』

『ウソじゃん』


 リスナーたちの反応。

 慌てて僕はコメントを打ち込む。


『コンブママ:いやいや、以前東京で震度何度だったかの地震が発生したときの配信で、東京住みだと暴露してたじゃないですか』


『コンブママ』

『出たわね』

『マッマ! バッブァ!』

『あらスパナ持ちの原作者様オッスオッス』

『そなの?』

『へぇ、千代子は神戸を知らないのかぁ……』

『神戸ガヰドぇ……』

『でも流石に旅行で来たことくらいはあるでしょ』


「あー……」


 千代子が頭を抱える。


「嗚呼……あああああ……ううっ、旦那様方にウソはつけへん。正直言うとウチ、今までリアル神戸に来たことなかってん!」





「「『『『えっ!?』』』」」





 ――しまった!!

 思わず、声を出してしまった!!


 千代子が壮絶な目で睨みつけてきて、手元に置いてあったガラス製のコップをつかみ、勢いよく床に叩きつける。

 コップが割れる、激しい音。


「あーっ、ごめん! コップ落としてもた。片付けるからちょっと待っとってな」言ってミュートにする千代子。「――阿呆がッ!!」


「ごめん千代子!!」僕は全力で頭を下げた。


「ふぅ~……」千代子は苛立ちを含んだため息とともに、しばらく配信を眺めていたが、「……まぁ幸い、誰も気づいてないみたいや。けど、今後から配信中は部屋から出てってもらうで」


「もちろんそうさせてもらう。本当にごめん」


 僕はリビングルームから出て、しっかりとドアを閉める。





   🍼   💝   🍼   💝





『……そんで、ちょうど神戸の高校との交換留学制度があったから、リアル神戸の勉強しとこ思て、神戸に来とるんよ』


『なるほど、それでしたらリアルコラボは無理ですわねぇ』


 スマホの中で、千代子が大正マロンに訳を説明している。

 斯くしてリアルコラボの話はお流れとなり、配信は終わった。


 幸いにして……本当に、本当に幸いなこととして、千代子のマイクに男性ぼくの声が入ったのは誰にも気付かれなかったらしい。


「本当に、本当にごめん、千代子……」


 部屋に戻り、改めて千代子へ頭を下げる。

 当然のことだ。僕は、千代子のライバー人生終了か否かってくらいのとてつもないミスを犯してしまったんだから。


「……謝るんやったら、ヱリスちゃんにやろ」苛立ちのこもった、千代子の声。「デビュー配信やってんで?」


「そうだよな。ヱリス、本当にごめん」


「あ、あーしは大丈夫だよ!」有栖川が微笑んでくれる。「カメちゃんさんが飼ってるワンちゃんの鳴き声で、上手いことかき消されてたみたいだし」


「アリスちゃん、ウチ、このあと神戸と話があって」


「え? あ、うん。じゃ、じゃあ、あーしは帰るね」


「堪忍な。あぁあと、『初配信来てくれてありがとう』ツイートは忘れんようにな」


「りょ!」


 そう言って、有栖川は帰っていった。

 その間、僕は正座したままだ。


「はぁ……」有栖川を見送った千代子が、戻ってきた。「まぁ、結果オーライやし、ウチも脇が甘かったから、今回ばかりは許したるわ」


 それから千代子が、僕の前に正座する。


「なぁ神戸」千代子が微笑んだ。「明日、デヱトしよか」

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