10「ホームページ制作大作戦」

❖翌朝、月曜日 / 神戸かんべ 耕太郎❖



 みそ汁の匂いで目覚めた。


「おはよう、神戸」


 起き上がる僕を目ざとく見つけ、千代子が声をかけてくれる。


「おはよう、千代子」


「今日のコンブママは」


「ん?」


「ウチだけのママや。ええな?」


「もちろん。けど急にどしたん?」


「だって」


 ベッドから降りると、お玉を持った千代子が何やらもじもじしていた。

 か、可愛い。


「もう3日間も、二人きりの時間がないなってるんやで? ……さすがに寂しいやんか」


「~~~~~~~~ッ!」


 たまらない。

 脳がしびれる。


「せ、せやな! 金曜からずっと、有栖川おったし。ノルマの執筆もできてへんかったし」


「今日はな、別のお願いがあって」


「お願い?」


「うん。実は――」





   🍼   💝   🍼   💝



❖放課後 / 神戸かんべ 耕太郎❖



「なるほど、特設サイトなぁ」


 放課後、自宅にて。

 PCの前で、僕は腕を組む。

 千代子が僕の肩にでっっっっっっっっっっっっっっを載せながら、


「カクヨムには挿絵掲載機能も動画挿入機能もないやろ?」


「ないなぁ。厳密には、『近況ノート』に画像をUPして、そのリンクを本編中に掲載したら、ワンクリックでイラストに飛ぶことはできるけど、それでもワンクリックは必要」


 そして、娯楽過多な世界で、読者にワンクリックさせるというのは、なかなか相当に大変なこと。


「けど、コンブママの原作小説の読者に、ウチの朗読配信と、ママが描いてくれた挿絵も一緒に見てもらいたいやんか」


「うんうん」


「朗読配信をBGMに、ママの小説が読めるようなコラボサイトが欲しいねん」


「なるほど、そら自分で作るしかないわな」


「どうやろか? 本来カクヨムに行くはずやった読者が流れて、PV減ってまう?」


「ご新規さんの開拓になるから、僕にとってもメリットしかない話やと思うで」


「良かった。それで、作れる?」


「もっちろん! 愛する娘のためやったら夕飯前やで」


「何で夕飯?」


「朝メシはもう食うたやん」


「せやな。けど夕飯までもう何時間もないけど。依頼しといて何やけど、ホームページって作るのめっちゃ大変なんとちゃうん?」


「んっふっふっ。不登校時代にプログラミングを極めた僕のスキルをナメんなや?」


 正直、来週末のPV期限に向けて、タスクは山積みだ。

 とは言え今は、有栖川の振り付け作成待ち。

 新衣装を描くにしても、振り付けとケンカしちゃったら意味がない。なら振り付けを見てから、3人で相談したうえで描いた方がいい。

 PV関連でやれることがないのなら、悶々としているよりも、さらなる千代子ファン獲得のためにできることをやるべきだ。


「誇ってええんか、それ……? まぁ今は学校も行ってるし、元凶のアリスちゃんとも和解したから、問題ないか」


「ただなぁ」


「何?」


「環境がないねん」


「環境って?」


「サイトを運用するサーバ。AWSでインスタンス立てるにしても、お金かかるし」


「そう言うんはよう分からへん」


 急におばあちゃん化する千代子。

 千代子はPCに疎い。

 VTuber活動のときにはOBSやら何やらをバリバリ使いこなすクセに、それ以外のこととなるとまるで無知。

 典型的な、『仕事のためにPC覚えましたけど、PC自体には興味ありません』って人間だ。

 まぁ、千代子がPCに疎いっていうのは解釈一致だからいいんだけどさ。


「あぁそう……」


「けど、ライバーズハイ社から資料はもろとる」


 千代子がスマホを操作すると、


 ――ポコン♪


 僕のPCに通知。

 通知を開くと、


「ふぉぉぉおおおお!? chiyoko-meiji@livers-high.co.jpからのメール!? す、スクショせねば」


「本人に乳載せられときながら、今さらメールで興奮すんなや」


「いや、だって、明治千代子からのメールやで!?」


「厄介ヲタクぇ……」


 メールに添付されている『特設サイト作成手引書.pdf』を開くと、無償で利用できるサーバと、開発環境、使えるOS、Webサーバ、DB等が案内されている。


「ホンマ至れり尽くせりやなライバーズハイ社。――ふむふむ、おっけーおっけー。LAMPがあれば何とかなるなる」


「ランプって何ぃ?」


「LinuxOS、Apache HTTP Server、MySQL DB、プログラム言語のPerl、PHPまたはPython」


「????」


 ちんぷんかんぷんって感じの千代子。


「まぁ、無償で揃えられる『これだけあればWebシステムが組めますよ』っていうド定番のメンバーや」


 URLを叩くと、開発サーバのログイン画面が出てきた。


「ほなログインしてもろてもいい?」


「ほい、ID・パスワード」


 千代子が紙でID・パスワードを渡してきた。


「えぇぇ……セキュリティ~……」


「いや、『明治千代子』は二人三脚みたいなとこあるし、サイトの方は神戸任せになるし」


「うーん……」


 うなりながらログインすると、ブラウザタイプの統合I開発D環境Eが表示される。

 真っ黒なターミナル画面にコマンドを打ち込んで、ユーザの権限レベルとディレクトリの状態を確認する。

 一度も触ったことがないのであろう、まっさらな環境だった。


「言語は何でもええ?」


「ウチに分かるわけないやん。お任せや」


「じゃRuby On Railsで」


 Railsの生みの親であるDavid氏がわずか10分でミニシステムを開発してみせ、世界を驚かせたというフレームワーク。

 そのお手軽さから、スタートアップ企業が好んで使う。

 あのTwitterも、最初はRailsで開発されたって話だ。


 ターミナルに『rails g controller index index』と入力してエンター。

 たったそれだけで、『index.html』というトップページと、それを制御するIndexControllerが出来上がってしまった。

 同じ要領で、小説新規登録画面、編集・削除画面、閲覧画面……と画面を量産していく。


 パチパチと10分ほどコマンドを叩くだけで、サイト運営に必要な管理画面一式と、ユーザに提供する小説・動画・イラスト閲覧画面と、所定のハッシュタグで呟かれた感想を掲載するTwitter連携画面が完成する。

 新規登録画面へ『明治千代子(の拳)は斯く語りき』の第壱話のテキストを放り込み、千代子の朗読配信のURLを貼り付け、ハッシュタグ指定欄に『#チヨコレヰト』と入れて登録してみれば、僕の小説の隣に千代子の動画と『#チヨコレヰト』のツイートが表示される画面が出来上がった。


「こんな感じ? 背景は真っ白やし表示はガッタガタやから、ここからCSSでがしがし調整かけてかなあかんけど。っていうかむしろそっちの方が大変なんやけどな」


 振り向いてみると、


「…………え? …………マ?」千代子が呆然としている。「え、え、え? 今のでもうホームページ出来てもたん!? たったの10分で!?」


「せやで」


「神戸……アンタ、何者なん?」


「天才プログラマにして気鋭のイラストレーターにして千代子の原作小説作家――その正体は、コンブママや!」


「コンブママ! 天才! 神!」


「えへへ……」


「えへへ助かる」


「助かるんかーい。で、とりまデザインは無視して、機能面だけで不足はある?」


「うーん……せや、何をおいても荒らし対策は必須やわ。所定のハッシュタグのツイートが全部載るんはマズい」


「あぁ、それはそうやなぁ……承認画面付けて、千代子か僕が承認したツイートだけ載せる?」


「そういうんは……荒れるんよ。検閲がー、表現の自由がーって。それに、全ツイートをチェックするんは量的にとても無理や」


「確かに……じゃあ、所定のワードを含むツイートは弾くようにしよか。あと特定のユーザのブロック機能も」


「前者は賛成。けど後者はなぁ……センシティブな問題なんよ」


 おお、ネタでもエロでもないガチのセンシティブ。


「そもそもウチはエロ垢と殺害予告レベルのマジもんの基地以外はブロックせんし、それでこのサイトではブロックされとるなんて気付かれたら、『千代子に特設サイトでブロックされました。 #拡散希望』一直線」


「こっわ。インターネットこっわ」

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