6「神戸の正体」
❖同日、放課後 /
ど、どどどどうしてこんなことに――!!
左右を千代子と有栖川にガッチリと固められながら三宮のアーケード街を歩く僕は、頭を抱える。
「んっふっふ……良かったなぁ神戸、両手に花やで」
学校から離れてメガネを外し、髪とスカート丈を上げてすっかり千代子モードな千代子と、
「このレベルの女子2人と一緒に歩けるなんて、マジ1時間1万円の価値あるし」
自己評価が無駄に高い有栖川の自画自賛。
「ぱ、パパ活女子かよ……」
「「ママ活――やろ」でしょ」
何だよママ活って!?
「ふ、服なんて、何選べばいいか分からない」
「心配しないで。あーしが選んだげる」
「お金ないし!」
「往生際が悪いで神戸、金ならウチが出したる。新衣装、3D、PV制作の報酬前払いや」
「あーしも出すし」
「「いや、それはオカシイ」」
「ちょっ!?」有栖川が慌てる。「神戸が詰められる流れ変えんなし!?」
「いや、でも有栖川がお金出すのはやっぱりオカシイ」
「せやな」
「あーしってば重度の千代子様ヲタで、『千代子様生きていてくれてありがとうスパチャ』を永遠に投げ続けてきた人だから、千代子様宛のスパチャをコンブママ宛に変えるだけだよ?」
「「あー……」」
「それに、Vデビューさせてもらうための――何だったっけ、千代子様がよく言ってる――そう、『報酬前払い』!」
「「うーん……」」
西に向かって歩くことしばし。
僕らはやがて、元町センター街に入る。
今ではJR三ノ宮駅の名を取って広義の『三宮』と呼ばれているこの土地は、明治神戸の開港当時は『元からあった街』――『元町』と呼ばれていた。
『元町』の名は、JR三ノ宮駅の西隣の駅である『JR元町駅』の名で現代にも残っている。
ややこしいんだけど、明治当時は國鉄『三宮ステヰション』という駅が現在のJR元町駅の位置にあって、街の発展に伴って今の三ノ宮駅が新設され、『三宮ステヰション』が元町駅に名前を変えたんだよね。
だから、三ノ宮駅の名の由来になった三宮神社は――
「だから三宮神社は、三ノ宮駅よりも元町駅の方に近いんだよね」
有栖川が急にそう言ったので、僕はビビりちらかす。
「有栖川、エスパー!?」
「あはは、当たったし? 神戸ってばさっきから黙りこくって『解説しよう!』みたいなしたり顔してたから」
「エッアッソノ」
「一宮・二宮・三宮ネタは千代子様も触れてたし」
「う、うん」
僕は、嬉しい。
有栖川の知識から、彼女がポーズや営業でも何でもなく、本心から『明治千代子』のことを好いてくれているのだと、千代子を推してくれているのだと分かるから。
急に恥ずかしくなってきて、僕はもじもじしてしまう。
「をいをいをいをい」千代子が白目を剥いている。「ウチの前で、何をイチャついとんねんアンタら」
「ちょっとくらい、いいじゃないですか!」有栖川が抗議する。「Vデビューしたら、あーしもコンブママの【娘】になるんですから」
「あー、うん」千代子が納得する。「それは確かに、そのとおりやな」
「ほら神戸、こっちこっち」
有栖川に袖を引っ張られながらやってきた店は、
「エッナニ……英語?」
横文字の看板が掲げられた、むやみやたらとオシャレで意識高そうな店。
「英語じゃないし。イタリアブランドのセレクトショップだし」
「い、イタリアーノ!?」
「あはは! キョドってる神戸、面白すぎ」
僕は逃げようとするが、有栖川の腕の力が強くて逃げられない。
さらに千代子が僕を羽交い締めにしてきた。
千代子のでっっっっっっっっっっな胸に押されながら入店する。
わぁあああもう何も分からない!
千代子と有栖川からはなんかいい匂いするし、店の雰囲気は異世界みたいだし、BGMはジャズだし!
「神戸、キョドりすぎだし。こんなのとかどうかな」
「こっちも似合いそうやで。ほら神戸、試着してみぃ」
「あっちょっ、押さないでよ千代子」
「推しを推すなとか無茶言いよるで。ほら、コレも」
「むむむ無理だよ! こんなの絶対似合わない!」
「「あぁもぅ!」」
女2人に試着室へ連れ込まれる。
「「ほら、脱いで脱いで」」
「きゃぁ~~~~~~~~ッ!!」
「あ、コラ、暴れんなし。千代子様、そっち押さえててください!」
「ほいさ」
🍼 💝 🍼 💝
「う、うぅ……もうお嫁にいけない」
「何を言うてんねん、大げさな」
姿見には、なんかよく分からないけどめっちゃオシャレ感ただようジャケットとデニムに着せられた僕が映っている。
そう、『着せられてる感』がプンプンする。
「どうせなら前髪も上げちゃおうよ。ほら、神戸ってばいっつも前髪おろして目元隠してて、それが陰キャ感マシマシにさせてるんだよね」
有栖川がヘアピンを手にして僕に近づいてくる。
「や、やめろ! この前髪は心の防壁、つまりA.T.フィールドなんだ――」
「なにわけ分かんないこと言ってるし」
有栖川の手が僕の額に触れる。
「ぎゃぁ~~~~ッ!!」
そして――
🍼 💝 🍼 💝
❖同刻 / 有栖川 アリス❖
そして、あーしは固まった。
「え、な、何コレ……?」
震える声で、呟く。
助けを求めるつもりで隣を見ると、
「な、ななな……」
千代子様も、固まっていた。
「って、千代子様!? 知らなかったんですか!? 一緒に住んでるのに!?」
「い、いえいえいえいえ、だって神戸さん、家でも髪を上げるようなことはなかったから――」
千代子様の口調が怪しい。
中の人の口調かな? よっぽどテンパっているみたいだ。
……まぁでも、テンパる気持ちは分かる。
だって、
「え、え、何? 2人して何に驚いてるの?」
キョドり気味の神戸。
だけど全然キモくない。
むしろ、あり寄りのあり。
ありおりはべりいまそかり。
だって、
だってだってだって!
――神戸が、めぇっちゃくちゃイケメンだったから!!
女優顔負けの長いまつ毛!
神様が『美』の参考資料として作ったかのような理想的な二重まぶたの大きな目!
庇護欲を誘うハの字の眉毛がまた可愛らしい。
中性的なあま~いマスク。
アイドルユニットに一人はいる、愛され担当、可愛がられ担当の顔だ。
「も、もういいだろ!? 放してくれよ」
その神戸が、あーしの腕をつかんでもじもじしている。
――可愛い。
可愛い可愛い可愛い!!
「ね、神戸」あーしは神戸の前髪をヘアピンでセットしつつ、神戸に尋ねる。「何でいつも顔隠してるの?」
「言っただろ、A.T.フィールドだって。お前みたいな陽キャには、『相手の目を見るのが怖い』『見られるのが怖い』って気持ちは分からないかもしれないけど」
――分からない。
けどそれは、あーしが陽キャで美少女で、ダンスと喋りと空気を読むのが得意だからなのかもしれない。
「けど、アンタの見た目がこんなだってクラスのみんなが知ったら、きっとみんなほっとかないはずだし!」
「え、だからさっきから何?」
うん?
なんだかさっきから、神戸と会話がかみ合わない。
「いやだから、アンタがこんなイケメ――むぐっ」
いきなり、千代子様に口をふさがれた。
「なぁ神戸」千代子様が言う。「アンタ、自分の顔のことどう思とるん?」
「うーん……何だろう、ひょろひょろで男らしくないっていうか、ダサいっていうか。なよなよしてて気持ち悪い感じ」
「「あー……」」
何か、納得できてしまった。
神戸の理想オブ理想の異性像、それは『明治千代子』。
いつも胸を張っていて、歩くときは肩で風を切り、喋るときは大声で遠慮なく喋り、笑うときは『がはは』と笑う。
言わば、『男らしい』『漢らしい』キャラが神戸は好きなんだ。
それは多分、同性に対する好みも同じで。
神戸はきっと、明治日本を支えてきた、古武士然とした漢らしい漢に憧れているんだろう。
何というか、審美眼が明治時代で止まっているんだね。
『中性的な甘いマスク』という言葉は、神戸に対しては褒め言葉にならないんだ。
だから神戸は、自分の容姿に自信がない。
「アリスちゃん」千代子様が耳打ちしてきた。「このことは、クラスのみんなには絶対にヒミツや。ええな?」
「えっ!? でも、このこと知ったら、クラスの女子がほっとかないでしょ?」
「だから、やで。ライバル増えてもええんか?」
「!!」
そうだった!
神戸がイケメンであることがバレたら、あの、男に飢えた
「分かりました!」
あーしは千代子様と熱い握手を交わす。
「ちょっと2人とも、さっきから何なんだよ。なぁ、このヘアピン取っていい?」
神戸があーしの腕に抑え込まれながらも、わちゃわちゃとしている。
可愛い。
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