3「それぞれの胸の内」

❖1時間半後――18時 / 神戸かんべ 耕太郎❖



「それでは、乙チョコ!」


 配信が終わって。


「はぁ~~~~っ!! 生きててよかったーーーーっ!!」


 配信の間中、ずーっと息をつめて千代子の背中をガン見していた有栖川ありすがわが、魂が口から出てきそうなほど盛大な吐息をついた。

 どーんなもんだい。

 さすがは僕の【娘】・明治千代子だぜ。


「ふふん」


「何でアンタが得意顔するし」


「そりゃ、娘の功績はママの功績だからな。その逆もまた然りだけど。どうだった?」


「すごかった! 本っっっっ当にすごかったよぉ~!! 千代子様が神戸風月堂で買い食いしてるのがちゃんと氷菓アイスクリンなのも良かった!」


「おっ?」


「『明治千代子(の拳)は斯く語りき』の中でも氷菓アイスクリン食べてたし。神戸風月堂といえばゴーフルが有名だけど、ゴーフルが発売されはじめたのは昭和に入ってからだ――ってコンブママ、Twitterで言ってたし」


「おおおっ!? 原作読んでくれてるの!?」


「当ったり前でしょー? コンブママの作品は全部読んでるし」


「お、おおぉ……」


 こんなヤツに読まれたって嬉しくもなんとも……いや、う、嬉しい!!

 悔しいけど、嬉しい!

 今までリア友の読者は千代子ひとりだったから――…いやいや有栖川が友達だって!? あり得ない!


「かーんーべっ!」千代子が頬をつねってきた。「ウチ以外の女相手に、なぁにをデレデレしとんねん?」


「いたっ、いたたた! してないって!」





   🍼   💝   🍼   💝





❖同刻 / 有栖川 アリス❖



「――――……」


 イチャついている神戸と千代子様の様子を見せつけられ、あーしは言葉を失う。

 今まで信じていた現実が、足元からガラガラと崩れ去っていくような感覚。


 あーしは神戸に負い目を感じている。

 だけど、それはそれとして、心のどこかで神戸のことを陰キャなスクールカースト最下位だと値踏みしていた。

 それが、こんな……。


 こんな、ぞっとするほどの美少女と同棲しているだなんて。

 そしてその美少女が、大人気アイドルVTuber明治千代子だなんて。

 極めつけに、神戸自身が千代子様の【生みの親ママ】だなんて!


 ……あーしはこれでも、自分のことをプチインフルエンサーだと思っていた。

 ダンス大会で何度も優勝した経験があって、Twitterのフォロワーは2万を超えている。

 けど、コンブママのフォロワーは、【ママ】宣言をした1ヵ月前から急激に伸びはじめて、すでに4万。まだまだ伸びるだろう。

 千代子様に至っては数十万人。





 バケモノだ。

 2人揃って、バケモノ。





 何としてでも、この繋がりを維持したい。

 神戸にバ美肉を描いてもらって、千代子様の妹分としてVTuberデビューしたい!


 ダンスは好きだ。

 好きだけど、一番好きなのはやっぱりサブカル。

 薄っぺらいリアルの上で愛想笑いを浮かべるよりも、バーチャルな世界で心の底から笑いたい。

 自分の『好き』を、本心を大事にしたい!


 どうすればいいだろう?


 正直言って、神戸を脅すのはカンタンだ。

 バーチャルとはいっても、アイドルはアイドルだ。

 アイドルに、男の影なんて言語道断、炎上必死。

 あーしが『2人の同棲生活をバラされてもいいのか』って言えば、神戸はカンタンに折れるだろう。


 けれどそんなやり方をしたら、神戸はもう二度とあーしのことを信用してくれなくなる。

 ただでさえあーしには、『前科』があるんだから。

 それに、『コンブママを脅す』というのは、千代子様の大ファンを自認するあーし自身の行動としても解釈不一致だ。


 何かないか。

 もっとこう、『コイツを仲間に引き入れたらメリットがあるな』とか『コイツを【娘】にしたら面白そうだな』と思わせるような、前向きな理由になるような何かが。

 何とかして、神戸の役に立てないだろうか――。


「はぁ~~~~っ!?」


 そのとき、千代子様が絶叫した。スマホを覗き込んでいる。


「どうしたの?」


 神戸の問いに、


「お姉ちゃんからメール来た。パパからの伝言なんやけど……」


 千代子様が渋面一色になって、


ウチ・・――『ライバーズハイ』社が開催する『個人勢拾い上げPV投稿大会』で優勝せぇへんかったら、V活動止めさせるって」


「「えぇ~~~~ッ!?」」


 あーしは、神戸と2人して仰天する。


「ライバーズハイ社って、あのライバーズハイ!? VTuber最大手の!?」


「うん」神戸からの問いかけに、千代子様がうなずく。「ウチはいま、そのライバーズハイ社が無料公開してる個人勢向けサーバで活動させてもろとるんやけど」


 そう。

 千代子様は、企業に属さない『個人勢』。

 ライバーズハイ社は、『V業界のすそ野を広げるために』という名目で、個人勢が活動しやすくなるような環境を無料で公開しているんだ。


「このPV大会で優勝できれば、ライバーズハイの公式VTuberになれるねん。ウチは別に、個人勢のままでも全然ええんやけど……母がウチの活動に反対しとってな。せめて公式アイドルにならないと、やってる意味がないって思うとるみたいで」


「で、でも!」神戸が無理やり笑顔を作りながら言う。「要は優勝すりゃいいんだろ!? 僕と千代子なら余裕よゆう。それで、PVの締め切りはいつなんだ?」


 千代子が、言いにくそうにしながら、口を開く。




















「――――……2週間後」

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