第4話 マジカの夜明け③
少女は、青ざめていた。
それも、そのはずである。
女性を犯してここへ飛ばされたアルガイルが、若い女と酒を飲み交わしているのだ。反省の欠片もない行為だ。驚かないほうが無理がある。
突然固まりそのまま動かないアリシアを見かけた同僚が声をかける。
「アリシアちゃん大丈夫?」
「え…あ、はい…」
どうやら、アルガイルは自分に気づいていないようだと気づいたアリシアはようやく仕事を再開したが、それでも、どうしても彼女の心に引っかかるところがあった。
それは、どうして女将も含め役人としか思わないのかである。
カルラは茶化していたが、アルガイルは全土に顔の知れ渡った、帝国軍内随一の「先の大戦」における悪役である。役所の報知版から下賤なゴシップ誌まで、国内のありとあらゆる(と言っても両手に収まるほどしかないのだが)報道機関が顔写真とともに彼の犯した罪を世間へ晒した。
わかりきったことであるが、気づかないほうが
またフリーズしたアリシアを見たセレナは
「まったく仕事になってないじゃないか、大丈夫かい? もう上がりな」
と声をかけた。特に不調があるわけでもないアリシアは不服そうにしていたがセレナの配慮を感じ取ってバックヤードにはけた。
エプロンを外したアリシアを見て残念がっている馴染みの客をよそに、アリシアはバックヤードに戻りながら先程からのことをうだうだと考えていた。が、今考えたところで何にもならないと思い至り、おとなしく上がってしまったことを軽く後悔した。
===
私服に着替え、帽子を深く被ったアリシアがアルガイルの後ろを足早に通り過ぎて駅の方へと去っていった。女将こそは「お疲れ」、と声をかけたが大抵の酔っぱらいたちには気づく間も与えずに去っていった。
一部始終をカルラと話しながら横目に見ていたアルガイルはアリシアが通りの向こうまで行ったことを察して女将に声をかけた。
「ぉおい、カミさん。 あの
「…近所の子だよ」
一瞬怪訝そうな顔をしたセレナだったが、すぐにいつも通りのにこやかな表情に戻りそう返した。
「本当か?」
ことばに力がこもる。
「まぁ、軍学校の教師サマの言うことだからなにか事情があるのは察するけどねぇ、ウチの大事な店員なんだから正体も明かさない輩には教えられねぇってもんだよ」
矛盾...はしていないが、正体を明かさない客の正体をどうしてかカルラは見抜いていた。
「…気づいていたか」
アルガイルが少し顔を
「さっきまでよく見えなかったのはさすれば”光盗りの香水”といったところか?そうなればお嬢さんは中央の人間だね?」
「ど、どうしてそれを?」
先に声を上げたのはカルラだった。
「こっちにも色々事情があるんだよ。いまはただの居酒屋のおばさんだけどね」
「もう一度訊くがあの娘はどこの子だ?」
アルガイルが周りに聞こえないよう、低い声で割りこむ。
「あんたはどう思うんだい?」
「あれはうちの生徒だな? アリシア・ハプルブルク、貴族の娘だ」
「ふん、そうだったとして?」
「軍学校では規則により働くことは厳しく禁じられている。もし生徒がわざわざ隣町まで行って隠れて働いていたともなれば弁解の余地なし、停学は免れないだろう」
「だから?」
「更に、素性のしれない女将のもとで働いている、なんてなぁ?」
「何が言いたいのか知らないし、アリシアが貴族かどうかなのかもしらないけどね、あの娘は家のために働いているんだよ」
「なら軍学校をやめたら良い」
「不幸な商人の子供から将来を奪うのかい?」
「なおさら軍学校なんかにいる必要はない」
その言葉は、大戦で多くの若者の命が奪われたことが一概に正しかったとは言い切れないということを最前線で指揮をしていたアルガイル自身の口から暗に示していた。
「…うーん、私自身
アルガイルは黙ったままだ。
「ともかく、話をしませんか?女将さん。 場所を借りたい」
カルラが割り込んだ。
===
話をするために移動した酒屋の二階は少し埃っぽっく生活感がなかった。セレナ曰く昔は住み込みの従業員が居たがもう辞めたらしい。
「アルガイルだ。今はカルフィール軍学校の一教師をしている」
「カルラ・フィッシャーです。国立軍事研究所の上級研究員です」
「なるほどね…。 あたしはマーガレット・ハインツ。今は純粋な宿屋の女将だよ」
セレナはミドルネームだけど偽名に使ってる、とも言った。
「昔は?」
アルガイルが訊ねる。
「主婦さね」
「本当か?」
アルガイルは魔導に関して専門知識があるわけではないが、技術屋からの叩き上げで陸軍幹部に上り詰めただけあって、”光盗りの香水”ーつまり魔導技術が破られたことの重大性がわかっていた。一般人に魔導技術を破るなどさらさらできないことだ。つまり…。
「まぁ、いまはね。ハインツって云ったらあいつしかいないだろ?」
「コペル・ハインツか…」
アルガイルが気づいた様子で返す。
コペル・ハインツは10年ほど前まで活躍していた連合国ー性格にはその一角を占めるヴァンダリアの魔導技師だ。連合国側の魔導技術を25年は進めたと言われる天才技師だったが、あくる日の早朝、自身の主宰する研究所へ出勤する最中に何者かによって銃殺された。まだ30代も前半で、さらなる活躍が見込まれている最中の暗殺劇だった。
カルラも気づいたようで手を打ってああぁ!といった。
「あいつが死んでから、もちろんあの国にいても年金がおりたりして楽ではあったんだけど…元々コペルを妬んでたやつがネガティブキャンペーンを始めてね。どうしても居心地が悪くなって出てきたのさ」
「わざわざ敵国にか」
アルガイル顔を顰めて言う。
「来たときは違ったよ」
それきり皆黙りこくってしまったので、気まずい間が流れた。
カルラも何か考え込んで珍しく静かだ。
先程まで酔っ払って居たというのに。
しばしの沈黙の後、マーガレット…セレナが口を開いた。
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