第2話 マジカの夜明け①

 間の抜けた様子で教室に入ってきた女は、そのまま話しだした。


「いやぁ、こんにちは。 カルラ・フィッシャーと申します。 今日は、すでにおうかがいかと思いますが、皆さんに国立軍事研究所魔導地雷科について説明に来ました」


 カルラの突然の発言に、生徒たちは困惑の表情を浮かべた。


 そして、そのうち気の強いいくらかは、一切このことについて事前に説明しなかったアルガイルを睨めつけた。

 とはいえ、カルラも雰囲気でそれを察したようで、一瞬という顔はしたものの、とくに取り上げることのないまま、何故帝都の研究員がわざわざカルフィールたいりくのはんたいがわの軍学校にまで出向いたのかという説明を始めた。


「まずはじめにだが、魔導兵器...いや、『魔導』という概念が実際に体系化されてから今年でちょうど50年目だ。 そのくらいのことは優秀な君たちなら知っているだろうけれど」


 そう言いながら、黒板に国立軍事研究所──一般には「コッケン」やら「グンケン」やらと呼ばれているが──の組織図を書き始めた。


国研こっけんに『魔導』を冠する部署ができたのは30年ほど前のことだ。それから長らくの間、『魔導』は各系統の補助的な扱いを受けて来た」


・・・それは、そうでしょう...


 アリシアがほんの周りの席の数名にも聞こえるかどうかの声量で呟いたその言葉を、カルラは聞き逃さなかった。そして、ニヤリ。


「そう思うだろ? 確かに、いわゆる『科学』技術ありきの『魔導』技術であることは事実だ。 しかし、先の大戦は我々帝国の勝利に終わったとはいえ、帝国の魔導技術が連合に遅れを取っていることは明らかになった」

 

 軍事機密...いや、禁句タブーだ。

 焦ったアルガイルが慌てて飛び出たが、カルラはこれもニヤリと笑みを浮かべて制止する。

 ところが、先程鼻を明かされたアリシアが言い返した。


「しかし...『我々の技術力は示された』と皇帝は戦勝演説でのたまいました!」


「”科学”技術力はな。 魚雷・機雷・地雷...どれも国研がついこの間開発したばかりの新兵器だ。 しかしなんだ?、連合の奴らはそれを『魔導』で、しかもほんの僅かな期間で実現ごりおしたんだ。 技術大国、我らが帝国の地位の低下は『魔導』によって招かれかねないということは明白だ。 いや、衰退はもう始まっているに違いない」


 街中で言ったら(軍学校ならなおさらだが)、謀反の疑いでもかけられて処刑されるに違いない発言に、流石のアリシアも押し黙っている。


「ただ、それは、だ。 ──もしも、我々の『魔導』技術が連合の追いついたら?連合を超越したら? 翻って考えてみたまえ、超技術『魔導』において大幅な遅れを取っている我々帝国が至って単純な『科学』で『魔導』にまさったんだ。 その我々が連合を超える『魔導』を手にしたら? 考えるまでもないだろう。

 良くも悪くも歴史の転換点はすぐそこまで来ている。 帝国へ刻まれる歴史は終焉か?中興か?それを決めるのは、これからを担う君たちだ。」


 そこまで言い切ると、ふっと息を整えて話を続ける。


「なぜ私がここへ来たのか、それは他でもない。 君たちの中から新設される国立軍事研究所第五科、つまり魔導地雷科へ入所してくれるものを募集するためだ。 君たちは優秀だとアルガイル先生から伺っている。 もちろん、多少の選抜はするが大歓迎だ。 私は今日貴賓室にお邪魔しているから、入りたい意志のある子は放課後そこへ来てくれるとありがたい」


 教室は興奮と歓喜、懐疑の声に包まれた。カルラはそれを満足そうに見回すと『最後に一言、このことは憲兵に言わないでくれ』とだけ言い、アルガイルに軽く礼を述べて去っていった。




──教室は思いがけない国研からのスカウトに歓喜するものが七割、懐疑的な方向で捉えて盛り上がれない者が三割、というふうだったが、アリシアは懐疑的になって盛り上がっていなかった。


「だって、おかしくない? 軍大学でもないし、魔導専攻でもないのにスカウトに来るなんて。 しかも、どこの軍学校も半分は親の手に負えなくなって軍に押し付けられた子供だよ?」


「そ、それはやめてくれ...刺さる...」


 話し相手のカイ・ハーマンはもともと地元の村の問題児で、口減らしも兼ねて軍学校に入学させられた。もちろん初めは(クラスで一番と言っていいほどに)反抗的だったが、そのせいで教官に目をつけられ授業のときは踏んだり蹴ったりされていたので早々に改心して...改心しすぎて変な方向にストイックな青年に仕上がっていた。


「あぁ、ごめん」


「うん、いいけどさ、やっぱりおかしいよな。 いくら国研が国内トップクラスの研究施設でポンポン実績を出しているとはいえ所詮は裏方だし、僕達は国研の凄さがわかってるけど、それでも流石にあそこまで英雄視するとは思えないし一般人だったらなおさらだよ...な?」


「ほんっとにそう思う! 絶対なにか裏があっるっっっって? ウルサイなぁ」


 ちょうどその時カルラが横の教室でも同じ演説をしたようで、尋常ではない熱気を帯びた完成がカイとアリシアの耳を貫いた。 すでに大騒ぎしていた七割は気づきもしない様子だが。

 とっくのとうに大騒ぎをしている連中を制止することを諦めたアルガイルも、うるさそうに顔をしかめていた。

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