3


 閉ざされた扉の前に立ち、「じゃあ開けるぞ」と、幽聖さんがドアノブに手をかける。

 幽聖さんとドアノブを画面に抑えながら、徐々に開く扉の隙間にカメラを向ける。

 もちろん、中には誰も居ない。ただ、荒れ果てた室内がそこに鎮座しているだけだった。

 懐中電灯で部屋を一通り照らし、幽聖さんが中へと突き進む。

「落書きは少ないな」

 壁に注視すると、確かに壁は薄汚れていても落書きはなかった。廃墟といえば落書きが主流で、有名なスポットになればなるほど、荒らされる確率が高かった。

 このチャンネルの主旨として、有名な心霊スポットというよりも、知る人ぞ知るといったマイナーなスポットに焦点を当てていた。

 一度、僕の方から話題のスポットを提案をしてみたものの、幽聖さんは「ポリシーに反するから」と言って、受け入れてはくれなかったことがあった。

 彼のポリシーがなんなのか、僕には分からないけれど、少しだけ腑に落ちずにいた。

 だけど幽聖さんのチャンネルなのだから、僕もあまり強くは押せずにいた。

「取りあえず定点カメラ置いてみよう」

 幽聖さんがそう言って、早速準備に取りかかる。僕もそれに従いながら作業をし、部屋の隅にカメラを設置した。

 作業を終えると、再び廃墟探索へと戻る。

「さっきから、物音が凄いな」

 幽聖さんの言葉通り、カメラに入っているか分からないけれど、周囲からパチン、ミシッと音が鳴っていた。

「カメラ貸して、こっから一人で検証する」

 二階の部屋が並ぶ廊下に出ると、幽聖さんが唐突に切り出す。

 ここは驚く所だが、もう当たり前の流れになっていて、僕はカメラを手渡した。

 どちらかというと、一人にされる僕の方が怖くて嫌だった。

「繰り返すけど、この二階の部屋で窓を叩かれるんだよな」

 幽聖さんが確認するように聞いてくる。

「はい。そうです。どこの部屋かまでは分かりませんけど」

 予め調べた情報には、どの部屋までかは書かれていなかったのだ。

「なるほど」

 そう言って、部屋の扉をざっくり懐中電灯で照らしていくと、「あそこにしよう」と言って、幽聖さんは奥から二番目の扉に光を当てた。

 ああ、その部屋なのか、と僕は察した。幽聖さんは霊感が多少あるらしく、噂の場所が不明であっても、幽聖さんがそこだと言えば、高い確率で霊障が起きた。

「なんかあそこから、変な感じがする。気分が悪くなるような……」

 まるで導かれるように、幽聖さんがその部屋へと足を向ける。部屋に吸い込まれるように入っていく幽聖さんを見送り、僕は恐怖を誤魔化すように動画の編集について必死で思考を巡らせた。

 撮影を終えて廃墟を出た頃にはもう、外は薄らと青味がかっていた。

「お疲れ様でした」

 車に乗り込み、走り出した所で、僕は重たい溜息と共に言った。

「お疲れ。飯食って帰るか」

 さすがの幽聖さんも長時間のロケに疲れたのか、ハンドルを握る手も怠そうに見える。

「はい。明日は夜に合流ですよね」

「ああ。編集作業は間に合いそうか?」

「大丈夫です。頑張ります」

「無理そうなら言えよ。動画編集スタッフ増やすから」

 幽聖さんの気遣いは嬉しい。だけど、他のメンバーが増えることで、自分が外されて誰かがこのポディションにつくかもしれない恐れから、頑なに固持していた。

「ありがとうございます。そうなった時は遠慮なく、言わせて頂きます」

 そんな日はおそらく来ないだろうと、思いながらも僕はそう口にしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る