酸の雨:普通の国

「あ、はい....分かりました...では、行ってきます。」

1人、旅館を出る者がいた。

黒い髪に青みのかかった瞳...の少女.....

「むっ。」.........「........。」

....少年ルアはパシリ実行開始。

ざぁざぁ降りの雨の中、傘を指して歩き出す

雨濡れたくないなー...と師匠ことシュネーが

そういってルアにお使いパシリを頼んだ訳だ。

「人使い荒いですよ...もう。ですよね......?あれ。」

着いてきていると思っていたファネは、

振り返った先には居なかった。

てか、そもそも着いてきて無かった。

「トホホ〜....あー、うし。」

少しゆっくりに成りかかった歩みを、

気合いで元の歩みに戻す。

そういえば前にもこんな事あった気がする....

とデジャヴを感じていた。

あの時はなんやかんや楽しかったナ.....

今日はどんな人に会えるかな...と、

その治りかけの左腕を少しだけ労わりつつ、

雨でカビ臭い道を、ルアは進んで行った。

90mを先、右手に見えるのが....

「到着.....!」

がらがらがら....

『ありがとうございましたー....あらお嬢ちゃんお使いかな?偉いね!』

「なっ僕は....。」

がらがらがらがらばつん....

戸の向こうに入り、

いつも通りコンプレックスを刺激され、

いつも通り男だっ!とぶつけるつもりが、

相手は既に店の外。戸も閉められている。

深呼吸して.....リラックス........。

「ごめんください。」

『あいよー』

「このリストの中であるものだけください。」

『あいよー』

店主は店を回って集める...。

『はいこれ....帰りも頑張ってねー』

「ありがとうございました。」

...........まずい!!

前回、世間話が楽しかったから、

この急なパシリを許諾したというのに....。

それっぽい事の一つも話していない!!

何か話そう、選んでるふりしてチャンスを...

ルアは戸から引き返すと、

急に何と無く思い出したかのように、

商品棚を探して回ってみせた....。

『何かお探しかい?』

きたっ!

「なんていうんですかね....こう....。あまり深く覚えてないんですけど......。」

『そうかい、がんばってね』

「頑張ります!」

.........そうじゃないんだ.......。

このままでは、恋を知って欲しいからと、

遠巻きに攻める若い乙女で終わってしまう。

あぁぁ..........。トライに失敗はつきもの...!

割り切って今回は帰ろう......。

そうして、戸を空けようとする。

碁盤の目状の木の枠にガラスが嵌められた

何ら変哲も無い戸だと....

そう思っていたが、これが開かない.....。

木製部分が多く、湿気を吸ってしまい、

膨張での摩擦の増加、そして鈍化。

ガタガタと鳴り響く戸のガラス。

「ふぐっ.......。」

両手にしようも、左は力が上手く入らない。

下手に左手を使うより片手だけの方が、

まだ、効率的に開きそうだ....

そこに、一人の男が来た。

この店の客だろう...手には本。

ルアが、開けてくれると思ったその瞬間。

男は立ち止まると、本を読み始めた....

「へ......!?」

この男、確かに客であった。

しかし一向にこの戸を開けようとしない...

なぜか....ルアは推理した....。

そして一つの結論に辿り着く。

この男はルアが戸を開けるのを待っている

.......と。

そしてその推理は正しかった.....

そう思うと余計力が入らない。

若干ルアは萎えていたが、

がたがたがたがた....ぐっ....

不意に重みが消えた.......

見かねた店主が開けてくれたのだ....。

「すみません」

『ほら、とっとと帰んなー』

『たく、やっと開いた....両手使えよ....』


 その帰り、なんだかルアは、

腐ったような酸っぱい気持ちを抑えつぶし、

ただ黙々と宿に帰った。

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