【第16話】パント村パンデミック
港は静まりかえっていた。
「ポコ? やけに静かな村ポコ。誰もいないポコ」
「変ですね。船はこんなにたくさんあるのに」
「あっ、あそこに誰かいるポコ!」
「ではポコタン、あの人にモディファイ病院の場所を聞きましょう」
*
近寄ってみると、それは十代後半と思しき少女だった。
大きな瞳とキリリとした眉毛からして、かなりの美人であることが想像できるが、もったいないことに、なぜかマスクを着用しているので鼻と口が見えない。
マスクといえば、もちろん奴隷や囚人の象徴だ。
うまく話すことができない上に、呼吸が浅くなり身体機能が徐々に低下する。
着ている服は安物には見えないが、この少女は奴隷か囚人なのだろうか。
とりあえず、そのことには触れずに質問した。
「すみません、モディファイ病院には、どう行けばいいのでしょうか?」
「あなたも新型カーゼに?」
「新型カーゼ? それって、カーゼの新種ってことですか?」
カーゼというのは昔からある軽い病気で、微熱が出たりノドが痛くなったりする。
人によっては高熱が出ることもあるが、命に関わるような状態にまで重症化するのは、お年寄りや重い持病がある人ぐらい。
ようするに、ありふれた病気だ。
「失礼。あなたは旅人さんですか。このパント村では、少し前から新型カーゼという病気が流行っていて、できるだけみんな、家で自粛しているんですよ」
「そうだったんですか。自粛するぐらいだから、よっぽどタチの悪い病気なんですね」
「ええ……。いまだに特効薬が見つからなくて」
「そもそもカーゼにも特効薬はなかったと思いますが、新型カーゼの症状はどんな感じなんですか?」
「微熱が出て、ノドが痛くなったりします」
「そこはカーゼと一緒ですね。他には?」
「人によっては高熱が出ます。お年寄りや持病のある方は、命を落とす場合もあるんです」
「それもカーゼと同じですね。いったいどこが新種なんでしょうか?」
「とにかく、モディファイ病院がパント村の全域におふれを出したんです。新型カーゼという病気が流行っているから、まずは予防薬を飲んで、できるだけ自宅待機すること。外出時には必ずマスクを着用して感染を予防しなさい、と」
どうやらマスクをしているのは、そのためらしい。
しかし、奴隷や囚人をおとなしくさせるために作られたマスクに、病気の感染予防効果なんてあるのだろうか。
「マスクの効果についてはさておき、予防薬ができたのはよかったですね。新型カーゼが流行り始めたのはいつからですか?」
「半年ほど前です」
「確か予防薬って、開発するのに10年以上かかるって聞いたことがありますが、たった半年で作れるものなんでしょうか。効果は試してみましたか?」
「はい、もちろん飲みました」
「結果は?」
「飲んですぐ、高熱が出ました」
「えっ!? 予防薬を飲んだら高熱!?」
「それは副反応というものらしくて、当然の反応らしいです。でも、1カ月ほどして結局、新型カーゼにかかってしまいました」
「ありゃりゃ……。予防薬、効いてませんね」
「いえいえ、ドクター・モディファイによれば、予防薬を飲んでいたおかげで重症化しないで済んだということです。予防薬を飲んでおいて、本当によかったです」
「そもそも一部の人しか重症化しないはずでは……。なんか釈然としませんが、まあいいでしょう。でも、新しい予防薬なんて、きっと高価なんでしょう?」
「それが、タダなんですよ!」
「予防薬がタダ!?」
「ええ。魔王がモディファイ病院にお金を大量に投入して、予防薬の開発から販売まで、すべてそのお金でまかなえるようにしてくれたんです。魔王も案外、いいところがありますよね」
「えっ? 魔王のお金って、あなたたちが払った税金ですよね?」
「そうですよ。税金といえば、最近は増税に継ぐ増税で、それについてはとっても困っています」
「それ、予防薬をタダにしたせいですよ! だまされてますよ!」
「でも、まもなく効果のある薬が発売されることが決まったので、もうしばらくの辛抱です」
「それもタダで?」
「いいえ、その薬はかなり高価だと聞いています」
「本当に効くんでしょうか?」
「一定の効果は認められた、とモディファイ病院が発表していました。ふつうは4日間ほど微熱が続くところ、平均3日半で治るらしいです」
「半日だけ短縮……ですか。それって誤差の範囲のような……」
ここまで話すと、少女は不機嫌になった。
「旅人さん、あなたは何でも疑ってかかるんですね! 陰謀論者ですか?」
「ご気分を害したら申し訳ありません。僕は思ったことをいっただけです。あと、陰謀論という言葉は、魔王が自分の悪事を隠すために作った言葉ですから、あんまり使わないほうがいいですよ」
「もう、知りません! 私、帰ります!」
「あーあ。完全に怒らせちゃったポコ」
「うーん……」
この新型カーゼについては、あまりにもツッコミどころが多すぎる。
すべての謎を解く鍵は、やはりドクター・モディファイが握っているようだ。
「……って、しまった! 待って、お嬢さん! モディファイ病院の場所を教えてくださーい!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます