【第8話】白い水着のナディ

魔道士ミルキーを仲間に加えた僕とポコタンは、魔族の幹部ゲロフレアが棲んでいるというエチシタイン島へ向かった。


もうすぐ夕暮れどきというときに、エチシタイン島の対岸に到着した。

僕とポコタンは旅慣れているので体力には自信があるが、ミルキーは少し疲れた顔をしている。


「桟橋に係留されてるのは漁船ばっかりですね。僕が小さかったころは、ここから渡し船が出ていたんですが……」


ここには幼少時代に来たことがある。


かつてエチシタイン島は無人島で、子どもにとっては絶好の遊び場だった。


だが、誰かがこの島を買い取って以来、渡し船がなくなってしまい、自然と誰もおもむかなくなったのだが、その「誰か」というのが、ゲロフレアだったということか。


「渡し船なんか、どこにもないポコ」


「困りましたね。あそこで漁をしている人がいるようです。漁師さんなら船を持っているはず。乗せてもらえないか聞いてみましょう。ミルキーさんは、ちょっとここで休んでいてください」


「水着の美少女だったらうれしいポコ」


「漁師さんですよ。そんなわけがないでしょう」


近寄ってみて驚く。


「水着の美少女ポコーッ!」


信じられないことに、漁をしているのはビキニの白い水着がまぶしい美少女だった。

全身くまなく健康的に日焼けをしていて、快活な印象だ。


だが、なぜ水着姿で漁を。


「あん? なんか用?」


「ここで漁を?」


「ああ、潜ってアワービとかウーニを採ってる。文句あるか?」


なるほど、海女さんだから水着だったのか。


「いえ。僕たちはあの島に渡りたいんですが、船がなくて困っているのです」


「エチシタイン島へ? やめときな。死ぬぜ」


可愛らしい見た目とは裏腹に、やけに口の悪い少女だ。


「ゲロフレアのことですか?」


「あんた、知ってて行くのか? バカなのか?」


「僕たちには、どうしても行かなければならない理由があるのです。──ってポコタン、そんなに近くで女の子をジロジロ観察しない!」


注意しても、ポコタンは少女のそばを離れようとしない。


「へんな動物だな。奇形のタヌキか?」


「ちがうポコ!」


「しゃべった!? なんなんだコイツ!?」


「小魔獣のポコタンです。正式には、なんという種類か僕も知らないんですが」


「これが魔獣ねえ。しかし、なんであたしのそばをウロウロしてるんだ?」


「ポコは水着の美少女が好きポコ。水着を着てない美少女は、もっと好きポコ」


「死ね!」


少女の蹴りの威力はすさまじく、ポコタンは一瞬で吹っ飛んだ。

自業自得なので、放っておこう。


「話を戻しますが、船をお持ちでしょうか?」


「あるけど、あの島へは行かないよ。魔王の手下がいるとわかってて、行くバカがいるかよ」


「そこをなんとか」


「おまえ、カネはいくら持ってるんだ?」


「お金はありません」


「論外だな。……ちっ、あとひと潜りしようと思ってたのに、おまえらと話してたら日が暮れちまった。あたしはもう帰るよ」


「それは失礼しました。おわびのしるしに、夕食をごちそうさせてください」


「おまえ料理ができるのか?」


「料理だけはけっこう得意なんです」


「それは助かる! あたしは苦手でなー。なんかうまいもんを頼むよ。ボリューム満点で、肉がたっぷりのやつ」


「お任せください。大ダブルですね。ポコタン、大丈夫ですかー!? ミルキーさーん、こっちへ!」


   *


海女の少女の家は、砂浜からほど近い、丘の上にあった。


「自己紹介がまだだったな。あたしはナディール。ナディって呼んでくれ」


「僕はジーロ。この子はミルキー。ポコタンはもうご存じですね。しかしナディさん、家でも水着のままなんですか?」


「悪いか? 着替えるのが面倒でな」


「僕は構いませんが、ポコタンがご迷惑をかけるかも」


あんのじょう、ポコタンは懲りずにナディのお尻をじっと見つめている。


「おいエロ魔獣! またエロいことしたら殺すからな」


「しゅん……」


「ポコタン、すっかり嫌われちゃいましたね。自業自得です。さあ、夕食の準備に取りかかりましょう」


僕は荷物をほどいて例の料理を作る準備を始めた。


「おっ!? 食材まで用意してあるのか。その長いヒモみたいなのは、もしかして高級料理のパスタとかってやつか?」


「いいえ。似ていますが、ちょっと違います。ラーメンのメンです」


「ラーメン? 聞いたことのない料理だな。うまいのか?」


「そりゃもう」


「ポコも食べるポコ!」


「私も食べてみたいです」


「うーん……。これからエチシタイン島へ乗り込むので、ポコタンは、おあずけです。ミルキーさんは、やめといたほうがいいかも」


「ポコ!? そんな~!」


すると、ナディが顔をしかめた。


「おいおい、船は出さないっていっただろ。それに、もう夜だぜ」


「そうでしたね……。はい、召し上がれ。大ダブルです」


僕はできたてのインスパイア系ラーメンをナディに差し出した。

メンは大盛り、お肉は通常の2倍にした。


「ずいぶん早いな」


「メンとスープを持ってきたので」


「ふうん……。見た目はあんまりきれいじゃないな」


「大丈夫です。味は保証します」


   *


わずか数分後、ねらいどおりにナディはできあがっていた。


「ごちそうちゃま! こんなにうまいもんを食べたのは、はじめてら~♪ おかわり~☆」


「あげてもいいですが、条件があります」


「なんでもいえよ! なんでも!」


「ポコ! じゃあ、水着をとるポコ!」


「おー! いいとも!」


ナディは水着のブラを外そうとしている。


「ちょ、待ってください、ナディさん! ストーップ!」


「あ? なんら?」


「条件というのは、船です。エチシタイン島まで僕たちを送ってください」


「おやすいご用だ。さあ、おかわりをくれ!」


「これ以上食べると船の操縦に差し障りがありそうなので、おかわりはエチシタイン島に着いてからでもいいですか?」


「なんだよ~! 今すぐくれよ~! 水着ならホレ、いくらでも脱いでやるからさ~!」


ナディはブラを取って投げ捨てた。


「ポコーッ!」


「いや、脱がなくていいんですってば!」


僕は急いでブラを拾おうとしたが、ポコタンのほうが素早かった。


「お宝ゲットポコ!」


「やめなさい!」


大騒ぎしている中で、ただ1人ぽかんとしているのはミルキーだった。


「いったい、何が起こっているのでしょう……?」


「ミルキー! 説明するから、とりあえずポコタンから水着を取り返してください!」


「は、はあ……」

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