【第3話】襲われた少女
ここまで聞くと、さすがに僕は老人の話を信用できなくなってきた。
前世を信じるぐらいのことなら、お年寄りにはありがちだが、インスパ──とか、ラーメン? とか、もはや単語の意味すらわからない。
おそらく家族を失ったショックが強すぎて、彼は妄想を抱いて生きているのだろう。
「このおじいさん、ボケちゃってるポコ?」
「しっ! じゃ、じゃあ、僕たちはそろそろ出発します。日が暮れる前に、山を1つ越えたいので」
「そうか。しかし、これからどうするつもりじゃ?」
「うちに帰って、おじいさんのように料理店でも開こうかな。僕、こう見えても料理だけは得意なんです」
「料理が? ふうむ……。ちょっと待て」
老人は店の奥から1枚の紙きれをもってきて、僕に手渡した。
「なんですか、これ?」
「インスパイア系ラーメンのレシピじゃ」
「え……。そのインスパイアとかラーメンとかって、いったい何なんですか?」
「この通りに作ってみればわかる。料理が得意なら、きっと作れるじゃろう」
「でもこれ、あんまり売れなかったんでしょう?」
「前世では、な。じゃが、この世界に転生してから改良に改良を重ねて、すでに究極のインスパイア系ラーメンのレシピは完成しておる。元祖にもひけをとらない味じゃ。しかも食材は、すべてこの世界のもので代用できるように置きかえてある」
転生とか元祖とか、もう何をいってるんだか、わけがわからない。
「はあ……そうなんですか。じゃあ、試しに作ってみますね。ありがとうございます」
もはや老人のたわ言であるが、タダで食事を振る舞ってもらった恩があるので、いちおう社交辞令で返しておいた。
老人の料理店を出発してから4日間、僕らはひたすら歩き続けた。
道中に見つけた民家でお世話になったこともあったが、ポコタンが水浴びをしていた女の子に抱きついたり、下着を盗もうとしたりするので、長居はできなかった。
ともあれ、なんとか無事に帰郷することができた。
*
「ただいま!」
帰宅すると、母が抱きしめてくれた。
「おかえりジーロ、ポコタン。よく無事で帰ってきたね」
「うん。お母さん、元気だった? お父さんは?」
「もちろん私は元気よ。お父さんは畑仕事」
わが家は代々続く、貧しい農家である。
うちの家系で戦士になった者はいない。
僕が物心ついて、村のみんなが貧乏暮らしを余儀なくされている原因が魔王だと理解できるようになったころ、ポコタンと出会った。
ポコタンの力を借りて勇者パーティーに入れば、ひょっとして魔王を倒せるかもしれない。
僕は「おまえには無理だ」という両親の反対を押し切って、冒険の旅に出たのだった。
しかし、結果はご存じのとおり。
お母さんも、うすうすわかっているみたいで、旅先のことはいっさい聞いてこない。
ただ、「無事でよかった」と、うれしそうにくり返すだけだった。
「ジーロ、とりあえずその汚い服を脱いで、水浴びしてきなさい」
「はーい」
わが家は小川のほとりにある。
ポコタンと一緒に小川で水浴びをして帰ると、お母さんがたずねた。
「何、この紙? 上着のポケットに入ってたわよ」
「ああ、旅の途中でもらったんです。何かの料理のレシピらしいけど、捨てていいですよ」
「ふうん……。究極の……インスパイア系ラーメン? 材料は……あら。うちで作っているコムーギやモヤーシが使えるから、けっこう簡単に作れそうよ」
「そうなんですか? じゃあ、試しに作ってみようかな。料理店を開くとき、メニューの1つにできるかもしれませんしね」
「そうね。あなたには勇者より、コックさんのほうがお似合いよ」
「僕もそう思います」
*
翌日、妙に早起きしてしまった僕は、ヒマつぶしにラーメンなるものを作ってみた。
「できましたよ、ポコタン!」
「な……なんだこりゃ? ただのモヤーシの大盛りポコ」
「違いますよ。大量のモヤーシの下に、コムーギで作ったメンというものが隠れてるんです」
「あ、本当だポコ。太めのヒモみたいなものが、茶色いスープにひたってるポコ」
「そのスープを作るのがけっこう大変だったんですよ。まあ、食べてみてください」
「匂いは……意外といい匂いポコ」
「でしょう? さあ、食べて食べて」
「ジーロ、味見はしたポコ?」
「いいえ」
「なんで!?」
「まずかったらイヤですから」
「ポコは実験台じゃないポコ!」
ドンドンドン!
そのとき、突然ドアをノックする音がした。
「どなたですか?」
「ジーロ! ジーロ!」
聞き覚えのある声だった。
僕は急いでドアを開けた。
そこには、号泣する少女の姿があった。
「マドロラ! いったいどうしたの!? とりあえず中に入って!」
近所に住むマドロラは、僕の幼なじみ。
2つ歳下なので、実の妹みたいな存在だ。
村一番の美少女と噂されるほど可愛らしいルックスに、素直でやさしい性格。
まだ12歳ではあるが、悪い虫がつかないように、僕としては気苦労が絶えない存在だ。
僕は彼女を自分の部屋に引き入れ、腰かけさせた。
よく見ると、服があちこち破けて、肌や下着があらわになっている。
「ポコーッ。マドロラのパンツ丸見えポコ! 胸のへんも、もうちょっと見せるポコ!」
「ポコタンのバカ! 少しは空気を読んでください。マドロラ、落ち着きましたか?」
「うん」
「いったい何があったんですか?」
「今月、お金が足りなくて、パパがダイカーンのところに、借金の返済を少し待ってほしいってお願いにいったの。そしたら、私がダイカーンの妻になったら待ってやるって……」
「ま、まさか……襲われたんですか!?」
マドロラはコクリとうなずいた。
「なんだって!? マドロラはまだ12歳じゃないか!」
「ポコーッ!? 12歳の美少女とエッチするなんて、うらやましいポコ!」
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