【第2話】前世はインスパイア系のラーメン店主って何ソレ

勇者パーティーを追放されてから、かれこれ5日が経過した。


僕たちは、長い帰郷の道のりにうんざりしていた。


「ポコタン、あと6つ山を越えれば、おうちに着きますよ!」


「あと何日ぐらいかかるポコ?」


「がんばれば、たぶん4日ぐらい……でしょうか」


「そんなに歩けないポコ! 昨日から何も食べてないポコ!」


「しかたがありませんよ。このへんには、食べられそうな動植物がありませんから。でも、あの山に登れば、きっと何か……」


「あっ、あそこに何か、建てものがあるポコ!」


「まさか、こんな辺境に民家が? ……あっ!」


近づいてみると、それは料理店のようだった。

今にもつぶれそうな古い店だが、この際、ゼイタクはいっていられない。


「ごめんくださーい」


のぞいてみると、中は真っ暗だった。


「誰もいないポコ。ふつう、こういうお店には美女店主や美少女メイドがいると相場が決まっているポコ」


「いかがわしい本の読みすぎです。でも、ひょっとしたら何か食べものぐらいは残っているかも」


「ついでに水着姿の美少女シェフがいるといいポコ!」


「いるわけがないでしょう!」


僕たちは店内に足を踏み入れた。


「誰じゃ!」


しわがれた老人の声に一喝されて、僕たちは震え上がった。


「ご……ごめんなさい。このお店、あいているんですか?」


「なんじゃ、客か? 久しぶりじゃの」


「ガッカリ。美少女と真逆の展開ポコ……」


老人がロウソクに火をともすと、古びてはいるが、いちおう料理店らしい内装になっていることがわかった。


老人はおそらく85歳前後だろう。


足腰は比較的しっかりしているようだが、はげ上がった頭と長い白ひげ、そして顔や手足に深く刻まれたシワの一本一本が生きてきた年月の長さを物語っていた。


「メニューはありますか?」


「そんなものはない。客などめったに来んから、その日に捕れた獲物を料理するだけじゃ」


「今日は何があるんですか? 僕たち、お腹がすいているんです」


「おまえは運がいい。今朝、山に登って捕まえた小魔獣の肉がある。ステーキにするか?」


「小魔獣ですって!? まさか、その小魔獣って、こんな子じゃないですよね?」


足元に隠れていたポコタンを抱き上げて、僕は老人に見せた。


「なんだ、タヌキか。もっと、ずっと上等な肉じゃ。コラゴンじゃよ」


コラゴンとは、龍の中で最も小さな種類の1つだ。

ドラゴンの肉ほどではないが、そこそこ高級な部類に入る。


「タヌキじゃないポコ!」


「タ……タヌキがしゃべった!?」


「おじいさん、これはポコタン。なんという種類の小魔獣かは、わからないんですけど」


「ふうむ……。確かにタヌキとは少し違うようじゃ。しかも人間の言葉を解するとは……。長生きはしてみるもんじゃのう」


「おじいさん、ぜひコラゴンのステーキをいただきたいところですが、あいにく僕たち、あまりお金を持っていないんです」


「カネなんぞ、気持ち程度で構わんよ。……いや、カネはいらん」


「えっ!? タダですか!?」


どう見ても金持ちではなさそうだが、なぜこの老人はそんなに気前がいいのだろう。

不思議に思ったが、今は空腹を満たすほうが先決だ。


しばらくすると、ジュージューと肉が焼ける音とともに、2皿のステーキが運ばれてきた。

1つはポンポコが食べやすいように、こま切れにしてあった。


「うまそー!」

「いいにおいポコ!」


待ってましたとばかりに、僕たちは無言でステーキにがっついた。

久しぶりに食べる肉の味は格別だ。


「あー、おいしかった。おじいさん、ごちそうさま」

「うまかったポコ!」


「そりゃよかった。ところで少年、見たところ戦士のようじゃな。これから魔王のところへ向かうのか?」


「いいえ、その逆です。勇者パーティーを追放されてしまって」


「それは難儀じゃったの。じゃが、なぜ追放された?」


「僕、気が弱いので、勇者に向いていなかったんです」


ポコタンがしでかした変態行為については、この際、伏せておこう。


「気が弱い、とな。だったら、そもそもなぜ勇者になったんじゃ?」


「それはもちろん、魔王を倒すためです。あいつが税金と称して、国民の稼いだお金の大半を持っていくので、みんな困っています」


「なるほど、世直しのためというわけか。感心じゃな。いっそのこと、この世にカネなんかなければいいのにのう」


「うーん……。それはそれで不便なんじゃないでしょうか。ところで、おじいさんはなぜ、こんなところでお店を開いているんですか? 街の中で商売したほうが儲かるでしょう?」


「カネはいらん。わしはカネが憎いんじゃ。カネなんていうものがなければ、わしは死なずに済んだんじゃ」


「えっ? おじいさん、生きてるじゃないですか」


「前世の話じゃ。わしの前世はインスパイア系のラーメン店主じゃった。じゃが、なかなか本家の味に近づけなくてのう。ついに客足が途絶え、無一文になってしもうた。嫁も、子どもも去っていった。絶望したわしは……人生を終わりにしたんじゃ」

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