第46話 末妹はちゃっかり守る
なんのことだ──ととぼけるには、残念ながら心当たりが、ある。
「
静まり返った教室全体に、強く響く声だった。
息を、呑んだのは俺ではなくて、教室内のクラスメイトたちだったと思う。
一見、俺を糾弾するような里砂ちぃの質問は、しかしちゃんとこちらの答えを引き出してくれる良心的な誘導だった。
本人になにも訊かずただ鵜呑みにするのではなく、直接事実確認をして、身の潔白を証明させようとしてくれている。
だから俺は、素直に首を横に振った。
「恐喝なんかするわけねえだろ、俺が」
「だよなあ? 陽富がそんなしょーもねーこと、するわけねーよな。……んじゃあ、これなに?」
スマホを掲げ、画面をこちらに見せてくる。
その液晶に表示されていたのは──ぎりぎり人物が特定できるくらい遠巻きからの撮影だが、案の定、俺が山下の胸倉を掴んでいる場面の画像だった。
じゅうぶん予測していたのに、いざ目にすると、血液の循環が一気に滞る感覚に陥った。
だってどこからどう見ても、俺が一方的に危害を加えている。
恐喝している現場だと説明されれば、たしかになんの疑問も抱かないくらい、決定的な証拠。
「学年グルにも動画載せられてんぞ」
追加情報に衝撃を受けすぎて、最悪だ……という声も出せなかった。
学年グループは基本的に通知オフにしているし、ログが溜まったら既読だけつけてろくに内容を確認しないから、気づかなかった。
スマホを取り出し、通知の溜まった上部のグループを開く。
スクロールして見てみれば、知らないアイコンの同級生が【これ誰と誰?】というひと言を添えて、動画を上げていた。
二十秒にも満たない一部始終だ。
見覚えのあるショッピングモール内の休憩所の近く、山下の鞄を俺が強引にはぎとって叩き落して、そのまま山下の胸倉を掴んで壁に押し付けている。
距離があるので俺たちの音声はまったく拾われていないが、
『君たち、なにを撮っている』
『あ』
厳格な生徒会長の声が入り込んだのを最後に、画面が激しく揺れて動画は終わった。
最も危惧していたことを確認するために、もう一度再生して念入りに目を凝らす。
……
不幸中の幸いだ。
不穏な心拍を刻んでいた胸が、ほんの少しだけ落ち着きを取り戻す。
「っ、よかった……」
「よくないから!! ほっとするより先に自分で説明しろっ」
思わずぼそっと安堵の声を漏らしたら、同じく動画を確認していた
ごもっともだ。ごもっとも、なんだけど。
「いや、……でも」
複雑な心持ちで煮え切らない返しをしたら、満月は俺の思考を読んだように、表情を曇らせた。
説明……と言っても、山下がストーキングしていたことも話さなきゃいけなくなるし、そうすればこの射るような目の矛先が数日後、誰に向かうかは明々白々だ。
山下の自業自得とはいえ、自分の行動を正当化するために他人の悪事をバラせるほど、俺は肝が据わっていない。事実を話すだけだと割り切れるほど、潔くない。
決して、山下に対する思いやりがあるわけじゃない。
むしろまったくと言っていいほど、ない。
単純に、山下の印象が悪くなるきっかけを、俺が与えてしまうことがいやなだけだ。
大切な人が脅かされるならいくらでも身体を張るが、保身のためにわざわざ弁明する必要性もそこまで感じられない。
教師陣や生徒会長もすでに認知していることなのだから、これ以上ことが大きくなる可能性も低いだろう。
もちろん時雨たちの誤解は解いておきたいが……、まあ、友人たちはふつうに耳を傾けてくれると思う。
里砂ちぃと
そんなふうに考えていたところで、昨日の彼の言葉がふと頭をよぎる。
──『被害者の事実説明は自動的に発生する責務だ』
正論、以外のなにものでもない。
そして、知っている。俺も、満月も。
被害者の泣き寝入りは、責任放棄という名の罪なのだと、身をもって理解している。
さりとてその事実は当事者でさえ──どうしても『大袈裟だ』と思えてしまうということも、含めて、だ。
「……っ、じゃああたしが説明する。みんな──」
すぐに切り替え、教室内を見渡した満月の凛とした声に、一瞬、俺の中で逡巡が生まれる。
しかしそれをも遮る、
「──陽富せんぱいっ、満月せんぱいっ!」
綺麗でよく通る天使の声が、俺たちの背後から、突如として場を支配した。
驚いて、振り返る。
教室の入り口に立っていた彼女の、白銀色の長い髪がさらりと靡く。
あまりにも現実味のない光景だった。
一年生でかつ特別棟に教室がある彼女がここにいるのが……という話ではなく、この最悪な状況下で、渦中の俺よりも遥かに周囲の関心を引きつける人物が現れるとは、夢にも思わなかったのだ。
誰もが不可抗力で目を奪われてしまう天使すぎる新入生は、教室内のクラスメイト全員はもちろん、廊下にいる生徒たちの視線までもを一身に受けとめて。
「昨日はわたしの姉を──白羽姉さんをストーカーから守ってくださって、本当にありがとうございましたっ!!」
感激したように告げ、俺に──いや、俺と満月に向かって、深くお辞儀した。
長い髪が動きに合わせて、軽やかに踊る。
その軌道すら操られているように芸術的で、意識が持っていかれそうになったところで彼女はパッと顔を上げる。
「陽富せんぱいなんて、相手は凶器を持っていたのに勇敢に立ち向かってくださって! まるで正義のヒーローのようで、わたし、思わず心を奪われてしまいました……っ!」
ダイヤでも生みそうなほどキラッキラに瞳を輝かせ、この状況下でただひとり俺のことを手放しで大絶賛し、
「おふたりともすっごくかっこよくて、素敵で……。わたしの憧れのせんぱいですっ……!!」
その上で、俺と満月の手を取り────周囲の目なんて目じゃないくらい、めいっぱいの敬愛を込めて、笑いかけてくれる。
途端にもう、彼女のことしか見えなくなった。
彼女以外の、外野のすべてを、脳がシャットアウトした。
その眩しすぎる眼差しを、愛くるしすぎる笑顔を超至近距離から受けとめてしまった俺と満月はおそらく……いや間違いなく、同じことを思った。
なっっっんて、天使すぎる子!! !!
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